【スポーツ】電撃引退 東京五輪レスリング金メダル・乙黒拓斗の功績 攻撃レスリングで価値観を一変

 レスリング男子フリースタイル65キロ級で東京五輪金メダリストの乙黒拓斗(26)が今月4日、自身のSNSで現役引退を表明した。所属の自衛隊によれば引退会見などを開く予定はなく、今後はコーチとして活動するという。日本レスリング史上最多8個の金メダルを含むメダル11個を獲得した昨夏のパリ五輪は出場を逃したが、メダルラッシュの背景には乙黒の存在も大きかった。また、東京五輪代表を最後まで争った中村倫也(30)は現在総合格闘家として活躍するなど、各方面に多大な影響を与えた。

 徹頭徹尾スピーディーに攻撃を仕掛け、自分からポイントを奪いまくる。衝撃的な攻撃レスリングを展開し続けた超新星は、瞬く間にレスラー人生を駆け抜けた。乙黒は「大好きなレスリングを嫌いになるまでやれたので悔いはない。ちょっぴり寂しい気持ちもあるが、選手としてはお別れになる」と告げ、静かにマットを去った。

 クールであどけない普段の表情とは裏腹に、マットに上がれば豹変(ひょうへん)した。幼少期から負けず嫌いで、試合が始まれば一心不乱に相手を倒しにいった。19歳で初出場した世界選手権では日本男子史上最年少で優勝。日本レスリング史を塗り替えた。東京五輪では男子唯一の金メダルを手にした。

 練習の虫は度重なるけがにも泣かされ、パリ五輪は出場を逃した。日本勢がメダルラッシュに沸いたが、乙黒がもたらした影響も大きかった。同階級の清岡幸大郎(24)は乙黒と五輪切符を争い、23年全日本選手権は終始ポイントを取り合う大激戦の末、競り勝った。「世界一強い選手に勝てた」。金星を自信に変え、金メダルにつなげた。

 また、57キロ級金メダルの樋口黎(29)、74キロ級銀メダルの高谷大地(30)もかつて同じ階級で乙黒と代表を争い、敗れた過去を糧にしてつかんだ栄光だった。高谷は「乙黒選手の存在が日本を底上げしたのは間違いない。軽量級はみんな彼に勝つことを目標に、彼を超えること=金メダルというのを証明した。彼なくしてパリ五輪の結果はなかった」と代弁する。

 高谷をはじめ、手堅く守りながら競り勝つことが従来の日本のスタイルだった。ただ、超新星のレスリングは価値観を一変させた。「6分最後まで攻めないと勝てないというのは彼が手本を示してくれた」。現在UFCで活躍する中村も、東京五輪切符が懸かった19年全日本選手権決勝で乙黒と激突。試合直前に髪の毛を刈り上げて臨んだものの夢破れ、格闘技に転身したことは語り草だ。

 日本協会の井上謙二強化本部長は「乙黒選手のスピードある多彩な技を繰り出すスタイルは同世代や若手に『自分もできる』と刺激を与え、パリの活躍にもつながった」とたたえ、「指導者としても活躍を願っている」と期待を込めた。乙黒以前、以後で日本レスリングのフェーズは変わった。その功績は金メダル1つにとどまらない大きなものだった。(デイリースポーツ・藤川資野)

 ◆乙黒拓斗(おとぐろ・たくと)1998年12月13日、山梨県笛吹市出身。元選手だった父正也さんの影響で4歳から競技を始めた。2011年にJOCエリートアカデミーに入校。帝京高、山梨学院大を経て自衛隊所属。高校時代は史上4人目の総体3連覇を達成。初出場の18年世界選手権では日本男子最年少の19歳10カ月で世界王者となった。兄の圭祐とともに出場した東京五輪で金メダルを獲得。173センチ。

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