【スポーツ】「人として美しい」恩師が語った宮原知子さん
フィギュアスケートの2018年平昌五輪代表で全日本選手権4連覇など女子のエースとしてけん引した宮原知子さんが26日、24歳の誕生日に自身のSNSで現役引退を発表した。「これまで以上に、もうこれ以上はできないと納得いくまで練習し、試合に臨んだシーズンでした。私の中で悔いはなく、やりきったという気持ちでいっぱいです」と心境をつづり、今後はプロスケーターとして活動する意向を明かした。
指先、足先まで神経が行き届いた美しい演技は、日本だけでなく海外ファンの目も奪った。高難度ジャンプはなかったが、しなやかに跳びふわりと着氷する姿は、鳥の羽のようだった。
それを支えたのは、紀平梨花や本田真凜ら当時のチームメートの誰もが舌を巻いた練習量だ。平昌五輪前の16年、宮原さんが子どもの頃から師事した浜田美栄コーチを取材した。浜田コーチは「とにかく不器用。一生懸命に何かを努力するのは、本当に人として美しいとあの子を見て思う」と話していた。同じステップやジャンプを教えても、人より飲み込みが悪かった。ただ、できるようになるまで何度でも立ち上がる根気強さは、誰よりもたけていたという。
いかに自分の魅力を見せるかを競う競技だが、氷を降りると他の選手の邪魔にならないように、ロッカールームの隅に座ってお弁当を食べている少女だった。「華やかに何かをできるわけじゃないけど、コツコツと日々地味なことをやり続ける。不平不満も人の悪口も言わない。あの子から教えられることが多い」と同コーチは教え子への敬意を口にしていた。
彼女が10代の頃、実は報道陣は取材に苦労した。もちろん丁寧に受け答えしてくれるのだが、恥ずかしがり屋のせいか答える声があまりに小さい。レコーダーが声を拾えず、必死に耳を澄ましたものだった。
しかし、大学生になり日本のエースとなって、その声も力強くなっていった。勝っても負けても一喜一憂せず、冷静に自己分析する力は、「不器用だった」自分をずっと客観視してきたからだろう。
引退表明前の北京五輪中、関西ローカルのテレビ番組で“解説デビュー”した宮原さんは、仲のよい五輪銅メダルの坂本花織(シスメックス)の素顔や演技の説明を行った。時に冗談を交え、ウイットに富んだ話に思わず聞き入った。努力の人だからこそ話せることもある。これからは彼女らしい言葉で、競技の魅力も伝えてほしい。(デイリースポーツ。船曳陽子)





