【スポーツ】大相撲の十両・天空海(あくあ) “キラキラしこ名”に秘められた思いとは?

 東日本大震災から10年、津波で大きな被害を受けた茨城県大洗町出身、大相撲の西十両筆頭・天空海(あくあ、30)=立浪=が故郷への思いを語った。

 「まだ4万1000人以上の人が避難所にいて帰れない人がいるというのをニュースとかで見て壮絶だったんだなあと。そして、きょう(3月11日)になって特に本当に丸10年になったんだな、と思うと、やはり忘れてはいけないことだと思う。これからも将来の人たちにも、これから生まれてくる人たちにも伝えていかないといけないことだと思う」と、かみしめた。

 海に面し茨城県のほぼ中央に位置する大洗町は津波での死者は出なかった。被害が甚大だった東北各地の被災地に比べれば、知られていないものの、水没し破壊された故郷の光景は忘れられない。

 当時、立浪部屋に入門し、豊乃浪のしこ名で新弟子だった。11年初場所は序ノ口で勝ち越した。相撲と同時に、茨城県水戸市の専門学校に通い、自動車整備士の国家資格を取るために勉強。卒業を控え本格的に力士一本を志していた時だった。

 震災の午後2時46分は同専門学校にいた。「ちょうど周りが田んぼのところだったので、地盤沈下とかを目の前で見ながらびっくりしたのを思い出しますね」と振り返る。

 両親や家族の安否は同日の夕方に確認できた。街は津波にのみ込まれたが実家は幸い高台にあり「半壊の手前」の一部損壊だった。

 水戸市内で一時、避難し実家には同級生の車で送ってもらい同日中に何とか帰れた。道中は「すごい渦潮巻いててびっくりした。これで大丈夫かなと不安だった」と言う。

 実家に戻ると、隣村に住む祖母の家をまず訪れ安否を確認。「行く時は大丈夫だった道が、夜だったからあまり見えてなくて、次の日の朝、また大洗の方に帰る時に反対車線、要は来た時の道が半分崩れていたんですよ。2メートルぐらい段差になって、地盤沈下しちゃって。その道を夜走ってきたんだと思ったらすごい鳥肌が立ったのを覚えています」と、恐怖に震えた。

 知人、友人は無事だったが同級生の家や町役場が1階まで水没した。「車とか船とか建物の上に乗っちゃっていたのも見えていましたね。中央分離帯のところにセルシオとかひっくり返っていたりとか。すごい覚えていますね。すごい光景だったですもんね。アウトレットとかで火事場泥棒もあったりして。うわー、ひでーなーと思いながら」と、無法地帯にもなっていた。

 ざんばら髪の力士が町の復興のため、できるのは力仕事。「祖母の知り合いが撤去をやっていて、その手伝い。銅線とか入っていて一番危ないと言われている壁というか、ブロック塀なんですけど、それをバラバラにして撤去したり。大谷石(おおおやいし)を重機で持ち上げたり」と、朝から夕方5時くらいまで毎日、がれきを撤去し続けた。

 余震もある中、損壊する実家に住むのも怖かった。電気は1週間ほどで復旧したが、水は10日以上かかった。その間、トイレは外。「トイレが流れないから。それが大変だった。暗い中、用を足した。寒かった」と言う。

 見上げた夜空をよく覚えている。「夜は死ぬほど、星がきれいだった。すごい、初めての経験だった。明るい中の星空しか見ていないけど、あんな暗い時の空ってすごいきれいなんだって覚えている。日本どうなるのかなあ、と思いながら星空を見上げていましたね。きれいだけど、これって電気がないからきれいに見えているだけ。怖かった。大丈夫なのかなと。テレビも写っていないから。大丈夫なのかなと、これって復旧するのかなと、思っていた」と、美しい星空が逆に不安をかきたてた。

 四股など踏む暇もない程、復旧のため働いた。「今から相撲を挑戦することを優先するのか、地元に残って、地元で働いた方がいいのかなとも考えて、葛藤で、やっている場合と言ったらおかしいが、挑戦することが正解なのかなと、自分で迷って。家もあれ(修理)するために、こっちで働いた方がいいのかなと考えて迷って。貢献できるように、街のために…」と相撲どころではなかった。

 相撲をあきらめようと思った時、父が言った。「俺たちのこと考えなくていいから、お前がそっちに行って活躍すれば、俺らだけでなくて家族も親戚もそうだし、大洗の名前も知ってもらえるようになる。喜んでくれる人もいる。俺らのこと気にせず、頑張りなさいと後押ししてくれた。って感じですね。父の言葉にやろうと決めて、やっていて正解だったですね」と後押しがあり、5月場所(技量審査場所)に戻った。

 14年春場所で角界屈指の“キラキラしこ名”に改名した。地元のアクアワールド茨城県大洗水族館から命名。港町・大洗をイメージして、天と空と海の漢字を当てた。

 2018年初場所で新十両、昨年11月場所で新入幕と順調に出世。現在、同水族館には何と「頑張れ天空海翔馬関」と記された応援水槽まで設置された。

 水槽内には「白星を連想させる白星赤藻海老(シロボシアカモエビ)」、「白星を重ねるスターとなることを願うシースターヒトデ」、「体の色がしこ名の空を連想する出歯雀鯛(デバスズメダイ)」が展示され、自身の勝利が願われている。

 家族には恩返しも果たした。数年前に天空海が一軒家を両親にプレゼント。大洗町の隣の鉾田市に「いいところあったんで」と即決。父の海沿いの希望をかなえた。

 昨年12月に自身が新型コロナウイルスに感染した。先場所は5勝10敗と負け越し、幕内から陥落。感染の影響はあったが、言い訳はせず、「やりきれたことがやっぱりすごく良いこと」と、悔しさは春場所にぶつける。

 震災後の春場所は特別だ。「2桁以上勝って元の地位までは戻って、幕内に。そこからどんどん(同僚の幕内)明生に、豊昇龍に早く追いついて。そうすれば3人で目立って、部屋も目立つし、(大洗の)町とかも一緒に応援してもらえるようになる。町が目立って他の人からあそこは立浪(部屋)の天空海が住んでいた町だとなればうれしいし、だから俺はどうにか自分自身、頑張らないと目立てないと何にもならないから」。故郷のため、故郷を思い、キラキラ天空海は輝く。(デイリースポーツ・荒木 司)

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