【野球】“都立の星”オリックス・鈴木優と阪神・藤川球児の意外な共通点

 オリックスの6年目、鈴木優投手が7月1日、西武戦(メットライフドーム)でプロ初勝利を挙げた。

 今年の鈴木は“不運な男”だと思っていた。キャンプから登板日がことごとく雨。先発予定だった3月5日・ロッテとのオープン戦も、22日の楽天との練習試合も雨天中止。「雨に愛されているということですね」と笑顔だったが、代わりに登板予定だった京セラドーム大阪での練習試合・ソフトバンク戦が開幕延期で中止になった際には「こればっかりはどうしようもないですね」と苦笑するしかなかった。

 そして、初勝利の日も大雨。ただ、グラウンドでヒーローインタビューを受ける鈴木の頭上にはドームの屋根があった。

 「やっと1勝できました。2軍のコーチやたくさんの人に支えていただいた。笑顔で報告したいです」

 2014年ドラフト9位で都立雪谷高校からプロ入り。下位指名の鈴木が未勝利のまま6年間在籍できたのは、本人の努力に加えて2軍のコーチ、スタッフのアシストがあったからこそだ。

 1、2年目は1軍登板もめった打ちにあった。

 「実力不足を痛感しました。1年1年やることを決めて地道に腐らずに練習できました」

 17、18年は1軍登板はない。それでも残った。

 その裏には投球フォーム改良があった。投球中に右膝が折れる悪癖を小林宏、酒井勉両コーチと話し合い修正。小林コーチが現役時代に当時の山口高志コーチから薦められ装着したギプスをはめての投球練習を繰り返した。すると球速は5キロアップ、MAX152キロまで上がった。

 このギプスを使った練習法は山口コーチが阪神時代に藤川球児に伝授したもの。球児はこの練習法で球速アップし、2005年のブレークへとつなげた。プロ7年目のことだった。

 鈴木は17年は台湾で行われたアジアウインターリーグ、18年はコロンビアで行われたU23W杯、そして昨年オフはプエルトリコウインターリーグに派遣された。

 150キロ超のストレートを投げられるようになった右腕に球団は惜しみなく投資。世界に積極的派遣し、開花の時を待った。

 ヒーローインタビューの最後、雨のことを聞かれた鈴木は「すべて、きょうにつながっていたのだと思います」と笑顔で言った。“不運な男”などでは決してなかった。周りに恵まれ、目標を見失うことなく努力を続けてきた。7連敗だったチームに白星を届けた。幸運を呼ぶ男だった。(デイリースポーツ・達野淳司)

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