【野球】元中日・落合英二氏 シュートの達人に願う未来像

 現役時代の落合英二氏
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 高校時代の同級生が首都圏の大学に進学した。小学生時代に全国制覇し、愛知県内の強豪校から数々のオファーを受けた逸材。1991年春のオープン戦で日大と対戦した試合前ブルペンで投球練習をしていた時、プロを断念する事件があった。

 日大の投手もブルペンに姿を現し、ウオーミングアップを終えて捕手を座らせた1球目。引っかけてワンバウンド-。そう見えたボールが強烈なスピンで浮き上がり、捕手が構えた低めいっぱいに収まった。

 あまりの衝撃に我を失った。今までに見たこともない球。レベル差を痛感すると同時に恥ずかしさがこみ上げ、ブルペンを退散したのだという。その人こそ、のちに中日からドラフト1位指名される落合英二氏だった。

 「へえーそんなことがあったんですか。でも、いい風に言いすぎじゃないです?僕は覚えてないんですけど」

 若い時は先発を任され、リーグ優勝を果たした99年、04年はセットアッパーとして勝利の方程式を担った。相手球団の選手を取材すると、「落合さんのシュートはエグい」「打とうとする直前に、想定以上に食い込んでくるんすよね」といった声をよく聞いた。

 06年の現役引退から数年後。新聞記者チーム対テレビ局チームの野球がナゴヤドームで行われ、バッテリーを組んだ。「全球種投げますから、適当にサイン出してください」。直球、カーブ、スライダー、そしてシュート。これか…。全盛期には及んでいないのだろうが、構えたところに全部投げ込んできた。特に、右打者のシュートは前述の現役選手の言葉を裏付けるように、ホームベース直前で右打者の内角に鋭く曲がり、バットの根元近辺でしか打者は当てることができず、無安打無得点試合を達成した。

 そんな彼は10年に中日時代の同僚・宣銅烈の誘いを受けて韓国・サムスンの投手コーチに就任。投手陣を立て直してチームを2年連続で韓国シリーズ優勝に導いた。教え子の中には、14年に阪神に移籍し、2年連続で最優秀救援投手に輝いた呉昇桓がいた。

 右腕は「落合さんは、抑えは1年間どの試合でも投げられるように準備するのが仕事だと。九回を任せるんだから、トレーニングをするにしても、なにをするにしても『9』にこだわれって教えてもらいました。僕にはなかった考え方で、ホント勉強になりました」と当時を振り返る。

 落合氏はロッテの投手コーチを経て、18年に再び韓国に渡り、昨秋にはサムスンの2軍監督に就任。反日運動が高まった昨年には、球場での心ないヤジに胸を痛めることもあったが、球団のオファーを受諾した。投手コーチから監督へのステージアップは、指導者としての確かな力量を評価されている証拠。日本人初の韓国プロ野球監督就任-。吉報を待ちたい。(デイリースポーツ・鈴木健一)

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