【スポーツ】3つの夢叶えた先に意義ある受賞 苦境乗り越えたボクシング元王者の夫婦

 ボクシングの19年度年間優秀選手表彰式が7日、都内で行われ、元WBO&WBC女子世界フライ級王者の野上奈々(現役時は好川菜々、41)と元WBOアジア太平洋スーパーフェザー級王者の野上真司(44)夫妻が社会貢献が顕著な選手・関係者に贈られる「ダイヤモンド・フィスト賞」を受賞した。日本初のチャンピオン夫婦はボクシング経験を生かしたボランティア活動、難病と闘う患者や養護施設の子供らに元気、勇気を与えてきた活動が評価された。

 15年にWBC(世界ボクシング評議会)、昨年末にはWBO(世界ボクシング機構)から慈善活動などに尽力した功績で「カップルアワード」を受賞した“世界的夫婦”。今回、ついにJBC(日本ボクシングコミッション)が表彰し、2人を認めたことは大きな意義があった。

 JBCと“因縁”浅からぬ関係を思えば、夫婦が表彰を聞いた時は複雑だった。奈々氏は「いろいろあったけど意地を張り通しても幸せじゃない」と言えば、真司氏は「僕が前に出るといいことがない。うれしい反面、しんどかった」と苦心の日々が胸に刺さった。

 苦難の始まりは12年12月までさかのぼる。元東洋太平洋フェザー級王者の大沢宏晋のトレーナーを務めていた真司氏はJBCに「ノンタイトル」と虚偽の届け出をし、韓国でタイトル戦を行ったことを理由にセコンドライセンスを剥奪された。

 12年から後に夫人になるアマチュアエリート・好川菜々(当時)の指導を担当しており、プロ転向も控えていた。言い分はあり、処分の軽減も訴えたが覆ることはなく、受け入れるしかなかった。

 13年8月、35歳で好川がプロデビュー。支えるはずの真司氏の肩書はマネジャー。セコンドはおろか、控室にも入れない。練習でミット打ちの相手も不可。水を飲ませることもできなかった。

 ジムの施設が使えず公園で練習した。逆境は2人の絆を深め将来を誓い合う仲になる。いつしか2人の最大の目標が「ライセンスの回復」になっていく。奈々氏は「練習のことというより、毎日そのこと(ライセンス)ばかり。本人は表だって動けないものだから、私に動くよう注文が多くて。試合中もいつも何かイライラしていた。夫婦間の問題なので周りも立ち入ることができない」と、当時を振り返る。そこまでやっても夫は試合中、セコンドでなく観客席。やるせなさが募った。

 3戦目、日本最速(当時)で東洋太平洋王座を奪取。この時、ベルトを持ち2人で撮った写真はない。「(夫は)控室にも入れなかったから」と、記念写真すら忘れる程、余裕はなかった。

 真司氏には持病のパニック障害やうつ病の症状を持つ。奈々氏は徘徊(はいかい)する夫を探し続けたこともある。ボクシング夫婦は勝つことでしか、報われない日々だった。

 奈々氏にはプロで3つのかなえたい夢があった。一つ目のワンパンチKOは東洋太平洋戦の1回KOで実現。2つ目は世界王者。3つ目は夫のライセンス回復だった。

 2つ目の夢が15年4月に訪れる。プロ5戦目、世界的強豪、アナベル・オルティス(メキシコ)の持つ世界王座への挑戦を総力挙げて実現。女子では異例の1000万円を懸けた興行に2人でスポンサー回り。奈々氏は試合2日前に銀行でドルに換金し振り込みしていたという。

 この時、真司氏はやはりセコンドには付けなかった。初の世界戦でも夫婦は戦場をともにできなかった。結果は判定0-3でプロ初黒星を喫し世界王座を逃した。燃え尽きた2人。「貯金通帳には3万2000円しか残っていなかった。米はあるので白ご飯に塩をかけて」(奈々氏)と、どん底だった。

 同年7月7日、“なな”の日に婚姻届を提出。現役続行を表明した。再起戦を同年12月、メキシコで行い勝利。この頃になると、チャンピオン夫婦として、テレビ出演、警察署とコラボした慈善活動やボランティアなど積極的に露出してきたことが、世間で好意的に受け止められ、JBCも軟化してきた。

 そして16年3月、3年ぶりラインセンスの再交付がかなった。「めちゃめちゃ楽になりました」と奈々氏。ミット打ちから日々の練習で念願のマンツーマン。ジムでも家でもボクシングのことだけに集中するボクサーとして当たり前の日々が初めて訪れた。同年10月、セコンドには夫の姿。愛の力を得て2度目の世界戦で2-0の判定をものにし、WBO世界王者となった。

 その後、初防衛には失敗したが、17年12月、メキシコでWBC暫定王座を獲得し、世界王者返り咲き。王者のまま、引退するという、異例の引き際を決めてみせた。

 「私は3つの夢、すべてが実現できた。自分が満足して終わることができた。この先、人から何を言われても心が折れることはないでしょう」と奈々氏は胸を張る。

 引退後は夫婦で大阪・堺市にディアマンテボクシングジムを立ち上げ。奈々氏が会長で真司氏がオーナー。現在はキッズから大学生までのアマチュアを抱え、プロも2人と約70人を2人で指導する。

 「1週間たつと、子供ってびっくりするほど成長する。それが楽しくて」と奈々氏。真司氏は「僕らが現役で教えられるのは今のキッズが10年、15年たつくらいまで。その後にその子らがプロでデビューしてくれたら」と将来を見据えている。いずれはプロモーターライセンスも取得し、マッチメークにも意欲を持つ。

 もともとは真司氏に非があるとはいえ、2人にとってライセンス剥奪の処分は重かった。周囲を通じ何度もJBCに掛け合ったが、そのつど跳ね返された。再交付までの3年は長すぎた。

 「まさかこんな日が来るとは」と言うのが真司氏の本音。不満はぐっとこらえながら、心にわだかまりがないわけがない。断る考えもあったが、再交付に尽力し続けてくれた恩人・堺東ミツキジムの春木博志会長から「否定している人ばかりじゃない。受けることによって名誉が回復する。勝ったんだよ」と諭され表彰を受けることを決めた。JBC側からも初めてねぎらいの言葉があり、安河内剛事務局長から「名誉回復していけるようにJBCも頑張っていきます」と伝えられた。

 表彰式ではWBA・IBF世界バンタム級王者の井上尚弥(大橋)がMVP、WBO世界スーパーフライ級王者の井岡一翔(Reason大貴)が技能賞。WBA世界ミドル級王者の村田諒太(帝拳)が殊勲賞に輝き、受賞者を代表してスピーチを行った。

 名だたる世界王者に知名度では及ばないが、負けぬほど、濃いボクサー人生を歩んできた夫婦。真司氏は「いろんなパーツが集まってきょう一つの絵になった。きょうから第2ラウンドですね」とすっきりした様子。現役時代同様、変わらぬ美貌の奈々氏は「結局、ボクシングが好きなんですね。私たちの子供?頑張ってます」と笑った。(デイリースポーツ・荒木 司)

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