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【芸能】寛平 逝った盟友の分までお笑い道まい進

おなじみのギャグを披露する間寛平(撮影・高石航平)
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 元吉本新喜劇座長で喜劇役者の木村進さんが5月19日に腎不全のため、68歳で死去した。通夜には50年来の仲で親友の間寛平(69)も参列した。

 木村さんより半年早く吉本入りしていた寛平は退社を考えていたというが、二代目博多淡海さんを父にもつ木村さんの励ましで踏みとどまった。その後はMBSテレビ「モーレツ!!しごき教室」、ABCテレビ「あっちこっち丁稚」などの共演で楽しませ、木村さんは23歳、寛平も24歳の若さで新喜劇の座長に就任。切磋琢磨(せっさたくま)して舞台を盛り上げた。

 87年に三代目博多淡海を襲名した木村さんが、88年の襲名披露全国公演中に脳内出血で倒れた。左半身が不自由になり、車イス生活になったが、寛平は年に数回は必ず木村さんに会いに行った。

 喪主を務め、最後を看取った木村さんの妹・龍子さん(67)は「ありがたいという言葉しかない。寛平さんが来ると、ウチの兄貴も喜ぶ。最後の最後まで仲良くしていてくださった。あんな人はいない。あの方の人気はそこ(人間性)にあると思う」と涙ながらに感謝した。木村さんが寛平を大きくしたのは自分の力もあると言うと、「そうや。進ちゃんのおかげや」と返していたという。

 亡くなる前日に夫人を伴い、入院先を見舞った寛平は、龍子さんの電話で訃報を受けると「いま東京で行けないんや。ごめんな」と伝えたという。通夜では「(30年間は)本当につらかったやろなと思う」と言いながら、若いときに木村さんの新婚家庭に入り浸っていたことなどを涙を見せずに回想。「めちゃめちゃもててました」と木村さんの女性人気もいたずらっぽく振り返った。

 告別式は仕事で参列できず、この日が木村さんとの別れだった寛平。エピソードを次々と披露して精いっぱい明るく振る舞ったが、「棺の中の顔は見た?」と質問されると、「この前、(見舞ったときに)見たから。いいです」と視線を落とした。今までに見たことのない寂しげな表情だった。

 木村さんが望んだ再共演はかなわなかった。寛平も7月20日には70歳を迎えるが、38歳の若さで倒れた盟友の分まで、できるだけ長く老若男女を笑顔にさせて欲しい。(デイリースポーツ・大島一郎)

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