【スポーツ】桐生9秒台は「意味のある偶然」の重なり

 陸上の男子100メートルで桐生祥秀(21)=東洋大=が今月9日に日本人で初めて10秒の壁を突破した。伊東浩司が1998年に記録した10秒00の日本記録を19年ぶりに更新する9秒98(追い風1・8メートル)をたたき出した裏には「意味のある偶然」が積み重なっていた。心理学的な見地から分析した。

 高校3年の春に織田記念国際で10秒01を出してから「日本人初の9秒台」の重圧を桐生がもっとも味わってきたことは間違いない。産みの苦しみに耐え続けた4年間だった。東洋大入学後は記録が伸びず、自己ベストも更新できなかった。故障に泣き、今夏の世界選手権では個人種目で代表入りを逃した。

 今回も左脚が万全ではなかった。大学最後のレースには今年の日本選手権で敗れた多田(関学大)というライバルがいた。その中で生まれた好結果。スポーツ心理学が専門の九州共立大・伊藤友記准教授(53)は桐生を取り巻く状況に「コンステレーション(布置)やシンクロニシティ(共時性)を連想した」とスイスの心理学者・ユングの理論で言及した。

 日本人初の9秒台についてはストライドやピッチ、最高速度などの客観的分析が可能だ。その一方で同准教授は「この結果や体験を、桐生君や彼に関わる人たちがどう意味づけるか。単一的、因果的に捉えられないさまざまな事象の結びつきがある。これをどうひもとくか」と言う。「一見関係ないことがすべてつながっていたように思える瞬間があったり(布置)、偶然ともいうような出来事が不思議と同時期に重なって起きていたりする(共時性)。そのような見方も彼の今後の競技世界との関わりを広げていくと思う」

 今回、風は好条件。また「学生の大会で仲間も多くガチガチにはならなかった。優勝したいという思いとともに、足を痛めていて逆に達観している部分もあったと思う。スタート前の表情が大変よかった」。マイナスもすべてプラスに働いた。

 一見、単なる偶然のように見える要素が重なり合って意味を持つ。それは「桐生君の投げ出さない姿勢があったからこそ」と同准教授。「結果の要因をほかに求めず真しに向き合った。例えば土江コーチとぶつかったと言うが、勝てない理由をコーチのせいにすることもできた。しかし、自分を叱ってくれる必要な人だと桐生君は考えた」

 屈辱的な敗戦に時に涙を見せながらも、現実を受け入れてもがき続けた。その道のりがあったからこそ必要なピースすべてが「意味のある偶然」として呼び寄せられたのだ。

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