街場絵師が描く阪神・淡路大震災20年

 6434人の尊い命を奪った阪神・淡路大震災の発生から、17日で20年を迎えた。壊滅的な被害を受けながら、驚くべき早さで復興を成し遂げた神戸。その街にバーテンダーとして根を下ろしながら、生の人間を描く“街場絵師”民井達也氏(41)が、17日から31日まで神戸・元町の「サンセイドウギャラリー」で、切り絵展「それぞれの」を開催する。

 街に潜む光と影、そして今、そこにある生命…。民井氏の描く絵には、必ず街の息吹が感じられる。「僕はもともと、自分が好きな人間を書きたい。その人を皆に紹介したいんですよ。でも会わせるわけにもいかないから、僕の絵を見てもらって、こんな人なんかな…とか思ってもらえたら」と、自ら筆を取る衝動を説明した。

 神戸に生まれ、神戸に育った民井氏にとって、画家として活動したきた約20年は、そのまま震災から復興する街とともにあった。震災発生時、民井氏は兵庫区の実家にいたという。「飲みに行こうと思ったけど、金がなくて(笑)。家で寝てたら、ものすごい揺れが来て、最初は弟が起こしに来たと思ったんですよ。そしたら食器は落ちるし窓は外れるし…。で、外に出たらすごいことになってた。うちは半壊でしたけど、2件隣は全壊やったかな。飲みに行くはずだったバーも、つぶれてたし…」。九死に一生を得たが、同級生も数人、命を落とすなど、失ったものも多かった。

 だが、民井氏の描く世界は、つらい過去を振り返るものではない。「震災のときに、家族や友人や仕事や…、いろいろなものを失った人がいる。でもそこから20年たって、振り返ったときに、逆に得たものって何だろう?とか考えるんですよ」と、目線はあくまで前を見据えている。

 1人の市民として、街に溶け込む民井氏にとって、完成したかに見える神戸の復興にも、まだまだ思うところは残っている。「建物の復興は果たしたと思うけど、人の繋がりの復興はまだなんじゃないかな。だから、神戸に根付いてる人たちが残したい思いとか、ちょっとした笑顔とか、酒飲んでる人の表情とか…。そういうのを描きたい。ちょっとずつでも、コミュニティーはなくなってないで、っていうのを示したいんです」という。

 そして民井氏は自ら、そのコミュニティーの中心に身を置いている。週に6日は、三宮の人気店「バルストロバー」の店長としてカウンターに立つ。「ありがたい話、この仕事は会いに行かないと会えんような人でも、来てくれる。そんな人の、プライベートの一瞬に見える素顔、人間性が垣間見える仕事なんですよね」と笑った。

 さらに続けて「絵という字は、『糸』が『会う』と書くでしょ。それぞれの人が1本の糸で、それが何人も出会うことで1つの絵が出来上がるんです」。1人では絵は完成しないという“バーテンダー画家”の哲学だ。

 民井氏の人柄を慕う客で、店内は常に混み合っている。その思いに応えるように、1人1人の客と向き合い、別れ際には手を握り、時には肩を抱いて笑い合う。そうして多くの「生」に直接触れてきた民井氏の手は、自然と作品に「命」を吹き込む。それが“街場絵師”の武器であり、誇りでもあるのだ。「やっぱりただ話すだけじゃなく、ぬくもりを感じたい。それがないとモチベーションにならないです」。トレードマークの穏やかな笑顔が浮かんだ。

 今回出展する12点の絵にも、そんな街場の人々が存分に描かれている。「人を描くのは楽しいなと、ホンマに思った。みんなしっかり生きてるな、しっかり酒飲んでるなって感じるんですよ。しっかり笑ってるし、しっかり怒ってくれる。建物は変わってしまったけど、生きている人間の強さを、痛感しましたね」と振り返った。

 過去には木炭やパステルも使用していたが、現在は切り絵一筋。その根底にあるのは、切り絵が持つ「潔さ」だ。「白と黒の2色だけ、その間がないんです」。だからこそその“光と影”が、強烈なコントラストとなって眼に飛び込んでくる。「やっぱり光があったら影があるし、影があるところには光を当てたいんですよ」。人間味にこだわり続けてきた民井氏の信念は、いささかも揺るぎない。

 震災20年という節目に行う展覧会だけに、自らを育んだ神戸という街への恩返しという思いも強い。「変わってしまったとは言うものの、大好きな街だし、どこにでもあるような街ではなく、大好きな神戸を皆に見てほしい…」。出展する12枚中、3枚は販売し、売り上げは全額募金する予定だという。

 「僕の絵を見て、『ああ、これからちょっと飲みに行こうか』とか思ってもらえたら、何よりうれしい。街の扉を開いて、こんな人がいるんやと思ってもらえれば」と民井氏。神戸の街に灯りがともり続ける限り、心優しき街場絵師の情熱も、尽きることはない。

(デイリースポーツ・福島大輔)

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