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能年が知るピエール瀧の“旧芸名”とは

 「第56回ブルーリボン賞」で助演男優賞に輝いたピエール瀧(46)から授賞式後、「あまちゃん」で共演した能年玲奈(20)との“その後”について話をうかがった。

 ピエール瀧(以下、瀧)といえば、91年のメジャーデビュー(結成は89年)から第一線で活躍するテクノバンド「電気グルーヴ」のメンバーとして知る人ぞ知る存在だったが、お茶の間にその“大きな顔”が浸透したのは、昨年、社会現象にまでなったNHKの朝ドラ「あまちゃん」だった。瀧は登場人物の“たまり場”となる、すし店「無頼鮨」の大将に扮(ふん)し、その“顔演技”で強烈な存在感を発揮していた。

 音楽雑誌「ROCKIN'ON JAPAN」内の名物コーナー「電気グルーヴのメロン牧場」で、瀧は97年の連載開始から“相方”の石野卓球と“示唆に富んだバカ話”を17年間にわたって展開している。あまちゃんブームの昨年、同コーナーで、能年が電気グルーヴの前身バンド「人生」のCDを探し求めたあげく見つからず、当事者である瀧に救いを求めてきたという裏話を読んで以来、この件が気になっていた。

 というわけで、授賞式後のパーティー会場で瀧を直撃した。気さくに記者たちと「佐村河内守氏」や「ソチ五輪」といったタイムリーな時事ネタについて独自の視点を披露する中、私が振ったのは今さらながら(?)の「あまちゃん」だったが、誠実に能年とのやりとりを再現していただいた。

 「クランクアップで花束をもらった能年さんが『あの…、人生のCDを探してるんですけど…、ないんです。(瀧さんは)持っていますか?』と僕に聞いてくるんです。『えっ、電気グルーヴじゃなくて、人生ですか?』と聞き返すと、能年さんは『はい、(瀧さんは人生の)畳三郎さんですよね』って、僕の昔の芸名まで知っていました」。

 「人生」は、現在、演出家として活躍するケラリーノ・サンドロヴィッチ氏が主催した「ナゴムレコード」に在籍。その個性を一言でくくるのは難しいが、テクノポップ的な音楽性や芸人魂にあふれたパフォーマンス(それだけのメンバーもいた)で80年代後半に活動し、有頂天、筋肉少女帯、たま、ばちかぶり(俳優・田口トモロヲがボーカル)などを輩出したナゴムレコードでも異彩を放っていた。93年生まれの能年は、80年代のサブカルチャーを象徴するインディーズシーンにまでアンテナを張っていたのだ。

 瀧は「それで僕も家で探したんですけど、なかなか見つからなくて。(結局、)人生の『バーバパパ』というCDを彼女に渡しました」と明かした。とはいえ、同CDはネット通販でも購入できる、それほどレアでない一品。先述の「メロン牧場」で、石野に「それだったらわざわざ頼まないだろ!」と突っ込まれていたのも、ご愛嬌(あいきょう)だ。

 そんな愉快な裏話があったわけだが、当時生まれていなかった能年がその名を知っていても、あの80年代に、「畳三郎」が役者として“天下”を取るとは、誰も想像しなかっただろう。だが、その生き方はずっと変わらず、現在のポジションに通底している。人生~電気グルーヴでも、音楽面の軸は石野であったが、瀧は「担当・瀧」を名乗り、1つの肩書きに収まらない唯一無二の、なくてはならない存在であり続けた。

 今も、本人は“専業俳優”でなく、「作品のアクセント」を自らの役割と公言する。受賞対象となった映画「凶悪」では実質的に主役と言っていいオーラを放っていたが、スター俳優などではなく、あくまで素材の1つというスタンスは不変で、気負いはない。

 「畳三郎」から四半世紀、日本映画界に名脇役が誕生した。=一部敬称略

(デイリースポーツ・北村泰介)

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