阿部一二三の中学時代恩師「まるでウルトラマン」5試合を計3分で完勝…伝説の全国制覇
柔道界に最強兄妹が誕生した。女子52キロ級決勝で、阿部詩(21)=日体大=が世界ランク1位のアマンディーヌ・ブシャール(フランス)に一本勝ちし、同階級では日本勢初となる金メダルを獲得。直後には、男子66キロ級決勝で兄の阿部一二三(23)=パーク24=が、バジャ・マルグベラシビリ(ジョージア)に優勢勝ちで初制覇。五輪での兄妹による金メダルは日本初の快挙。それも同日での偉業達成となった。
一二三は6歳のとき、アテネ五輪で野村忠宏が3連覇を飾る姿を見て心を揺さぶられ、兵庫少年こだま会で柔道を始めた。ただ、小学生時代は体格の大きい女子選手に勝てず、悔し泣き。父浩二さんとともに近所のノエビアスタジアム神戸周辺で特訓を積むようになった。
努力が実を結ぶようになったのが、神戸生田中時代だった。柔道部顧問だった土居正和さん(43)は「逆境であればあるほど力を発揮していた」と、一二三の印象を振り返る。
中学2年時、近畿大会決勝で棚木達博に敗れた後、会場の廊下で泣きじゃくる姿が忘れられない。「ここまで泣くかというくらい、泣いていた」。ただ、この人並み外れた負けず嫌いが、急成長につながる。全国大会の決勝で棚木と再戦すると、必死の形相で食らいつき、優勢勝ちで雪辱の優勝を果たした。
初の全国制覇からは手が付けられなくなり、中学3年時の全国大会は初戦から決勝まで全5試合を合計3分弱でオール一本勝ちという圧巻の2連覇。土居さんは「全部合わせて3分で勝ったので、まるでウルトラマンやった」と笑い話にしている。
普段は年相応の男子中学生だったが、柔道への意識の高さは本物だった。校外学習で滋賀に行った際、土居さんが持参したラグビーボールを使って「みんなで遊ぼうや」と声を掛けたところ、一二三だけは「けがしたらアカンからいいです」と乗ってこなかった。
中学の練習だけでなく、近くの神港学園高でも高校生に混じって練習し、帰宅後は整骨院での治療やトレーニングと柔道漬けの日々を送った。「柔道のことしか考えてない感じで、常に柔道を中心に生活していましたね。一二三のことを天才だと思ったことはないです。コツコツ積み上げてている姿を近くで見てきたので」(土居さん)
当時はあどけなさもあったが、昨年、一二三と久々に電話した際には成長ぶりに驚いたという。「お父さんに間違えて電話したのかと思うほど、声も話し方も大人になっていて、びっくりしました」。
座右の銘「努力は天才を超える」の通り、柔道のために毎日を過ごしてきたからこそ、つかみとった金メダルだった。