イタリアで輝いた日本選手団の24メダル 目を引いたスノボ勢躍進 世代交代の課題を残した種目も
ミラノ・コルティナ五輪で日本選手団は金5、銀7、銅12の計24個のメダルを獲得した。金5個は1998年長野大会に並ぶ最多で、総数は冬季最多だった前回2022年北京大会の18個を大きく超え、国別では5位にのし上がった。スノーボードは4個の金を含む9個、フィギュアスケートは6個を量産。デイリースポーツ五輪キャップの谷凌弥記者が、躍進した大会を総括した。
日本選手団は、目標に掲げていた北京大会を超える過去最多の24個のメダルを獲得した。金は長野大会と並ぶ最多で、冬季五輪通算では節目の100個に到達。直近3大会で過半数を占めており、冬季アスリートの成長を大きく印象づけた大会となった。
日本勢は開会式翌日から好発進だった。ノルディックスキー・ジャンプ女子個人ノーマルヒルで、初出場の丸山希が日本勢第1号の銅メダルを獲得すると、同日にスノーボード男子ビッグエアで木村葵来が金、木俣椋真は銀とダブル表彰台。結果だけでなく、誠実にインタビューを受ける姿にも多くの関心が集まった。
大会を通して目を引いたのがスノーボード勢の躍進。日本選手団の5個の金メダルのうち4個を取り、メダル数は計9個(銀2、銅3)と荒稼ぎした。選手の多くが1990年代に起こったスノーボードブームに影響を受けた世代の子どもたち。21歳の村瀬心椛は金と銅の二つを、19歳の深田茉莉は女子スロープスタイルで日本最年少金メダル記録を塗り替えた。
新王者も誕生した。フィギュアスケートでは三浦璃来、木原龍一組がSP5位から大逆転で金メダルをつかんだ。スノーボード男子ハーフパイプでは3大会連続出場の戸塚優斗が悲願の優勝を果たし、北京大会を制した平野歩夢に続き日本勢が2大会連続で頂点に立った。
色だけではない。ジャンプの高梨沙羅は、スーツの規定違反で失格となった北京五輪の悪夢を払拭する混合団体で銅メダル。大粒の涙を流して仲間と抱き合う姿は、列島に大きな感動を呼んだ。また、平野歩は開幕3週間前に骨盤骨折を含む大けがを負ったが、奇跡の復活劇で圧巻の滑りを披露。順位こそ7位だが、命をかけて競技に向かう生きざまは多くの人の心を打った。
一方で苦戦した種目もある。3大会連続メダルを目指したカーリングは1次リーグ敗退。スピードスケートではエースの高木美帆が通算10個目のメダルを獲得したが、ほかの選手はメダル0と世代交代の課題を残した。
節目を迎えた選手もいる。7大会連続出場のスノーボード女子パラレル大回転の42歳・竹内智香、ノルディック複合で6大会連続出場の37歳・渡部暁斗が有終。試合後、海外選手から称賛される姿はレジェンドが歩んできた偉大な道のりを表すシーンだった。また年齢こそ25歳と若いが、銀メダルを獲得した坂本花織もラスト。多くの選手から惜しまれながら、五輪の舞台に別れを告げた。
競技によっては2年も前から日本代表選考が行われ、五輪が閉幕し、選手それぞれの物語が一つの節目を迎えた。試合後は雑味が一切ない喜怒哀楽が選手に浮かぶ。それは4年の全てをかけて、競技に命を注ぎ込んできたからだろう。結果にかかわらず全員が輝いたミラノ・コルティナ大会。史上初の広域開催の五輪でも、広がった熱気は世界中に感動と勇気を与えたはずだ。(デイリースポーツ五輪キャップ・谷凌弥)
