【五輪サイドストーリー】高梨沙羅の地元・上川町も歓喜「4年前を気にしている人は1人もいない。楽しく飛んでほしい」
「ミラノ・コルティナ五輪ノルディックスキー・ジャンプ混合団体・決勝」(10日、プレダッツォ・ジャンプ競技場)
日本は丸山希(27)=北野建設=、小林陵侑(29)=チームROY=、高梨沙羅(29)=クラレ=、二階堂蓮(24)=日本ビール=で挑み、合計1034・0点で同種目初のメダルとなる銅メダルを獲得した。
高梨にとっては、スーツ違反の失格となった22年北京五輪の悪夢を払拭する銅メダルとなった。母校の北海道・上川町小6年時の担任だった松浦達也さんが「自分のために楽しく飛んでくれたらいい」と話し、小中学校の同級生だった伊藤美月さんも「4年前を気にしている人は、この町(上川町)に1人もいないと思う。楽しく飛んでほしい」とエールを送っていた今回の五輪。ヒロインの笑顔に、日本中が歓喜と感動に包まれた。
昔から律義で優しい子だった。高梨が小学校を卒業してから2年が立った時、松浦さんの家のチャイムが突然なった。出てみると代表ユニホームを着た中学2年の高梨が立っている。「先生!これもらったさ!日の丸が入ってるやつ!」。日本代表ジャージーを着て、うれしそうに家まで報告をしに来てくれた。また、松浦さんが転勤で上川町を引っ越す時にも「今(海外遠征から)帰国して札幌に戻ってきてて、先生がいなくなるって聞いたから寄ったよ」(高梨)。その時は小学校卒業からすでに5年が経過。いつまでも親しく接してくれた。
世界に羽ばたく姿を予感したこともある。松浦さんが野球少年団のコーチとして体育館で練習していた時、高梨も自主練習で同じ体育館のランニングエリアを使っていた。松浦さんが2時間の練習を終えて高梨の様子を見ると、汗だくになりながらまだ走り続けていた。「見ていないところでも手を抜かない子。教え子ながらぞわっとしたし、世界を目指している子はこうなんだと感じた」。未来のアスリート像を容易に想像できた。
勉強も手を抜かず、代表合宿で授業を欠席してしまう時は自ら「学校に登校できない間の宿題がほしい」とお願いしてきた。学芸会で劇団四季の「キャッツ」をクラスで発表した時は、競技の練習で多忙を極めていてもダンスをしっかり覚え、「泥棒猫」を演じきったという。松浦先生は「すごい芯の強い子で、努力ができる天才だった」と優しく笑った。
今では五輪に4大会連続で出場するトップアスリート。4年前の北京五輪は上川町にも衝撃を与えたが、小さい町で高梨の人柄を町民全員が知っているからこそ本人の身を一番に案じていた。「ソチ五輪の時に『みんなのために飛びたい』と言っていて、真面目すぎるから変なプレッシャーが邪魔しちゃったんじゃないかなと思っている。18年平昌五輪は楽しく飛んでほしいと言ったけど、まさに今回のミラノ五輪こそ、そうやって飛んでほしい」と松浦さん。混合団体では3番手で飛び、チームに貢献。高梨のジャンプは上川町まで届いている。
