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記録達成の福留、近鉄拒否し社会人入り

6回、日米通算2000本安打を達成し、広島・新井貴浩から花束を贈られ祝福される阪神・福留孝介=マツダスタジアム(撮影・飯室逸平)
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 「広島-阪神」(25日、マツダスタジアム)

 阪神の福留孝介外野手(39)が日米通算2000安打を達成した。4点を追う六回2死二塁。広島の先発・岡田から、この日2安打目となる二塁内野安打を放った。

 福留はPL学園高で1年から4番を打ち、3年夏(1995年)の大阪大会で7本塁打をマーク。高校の先輩・清原和博の5本塁打を上回り、大きな注目を集めた。夏の甲子園では1回戦の北海道工戦で2打席連続本塁打を放ち、その力を全国に知らしめた。

 同年秋のドラフト会議では巨人、ヤクルト、中日、ロッテ、オリックス、日本ハム、近鉄の7球団が1位指名した。ドラフトでの競合球団数では89年の新日鉄堺・野茂英雄(近鉄が交渉権を獲得し入団)、90年の亜大・小池秀郎(ロッテが交渉権獲得も拒否)の8球団に次ぐ数字で、高校生では史上最多だった。

 抽選の結果、当たりくじを引いたのは近鉄。引き当てた当時の佐々木恭介監督は「ヨッシャー!」と声を上げた。しかし福留は巨人、中日を希望しており、意中の球団以外なら社会人入りの姿勢。近鉄は必死の説得を試み、3度目の交渉では野球協約違反と知らずに3年後に意中球団にトレードするという条件を提示。後に謝罪するドタバタもあった。

 近鉄の“熱意”にも福留の心は動かず、社会人・日本生命に進んだ。3年後の98年秋のドラフト会議で、中日を逆指名して入団した。

 中日では9シーズンで1175安打をマーク。07年シーズン後、FA権を行使してカブスへ移籍。インディアンス、ホワイトソックスと渡り歩き、メジャーでは5シーズンで498安打を放った。

 13年、阪神で日本球界に復帰。プロ入りから日米18シーズン目で2000安打に到達した。

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