俳優・村上淳「あれから10年、その景色はメインストリームへ」
2022年に芸能生活30周年を迎えた、俳優・村上淳。メジャー、インディーズ問わず多数の映画に携わってきた村上が「特別な意識があった」と語ったのが、山本直樹原作のコミックスを映画化した主演作『夕方のおともだち』だ。
メガホンをとった廣木隆一監督とは1990年代から数々の現場をともにしてきたが、廣木映画の主演は意外にもこれが初めて。本当の快楽を求めてSMプレイに没頭する主人公・ヨシダヨシオを、哀愁と滑稽さを交えて演じている。今回はそんな村上に同作の話はもちろんのこと、これまでの俳優活動についても話を訊いた。
取材・文/田辺ユウキ 写真/Chisako
「映画は音から入ってくる情報が大きい」──村上さんは、『不貞の季節』(2000年)など廣木監督作品には10本以上出演していらっしゃいます。廣木作品の良さはどういうところにあると思いますか。
廣木さんのことは30代の頃から知っていますが、一貫した格好良さが作品にあるんですよね。それはキラキラ系映画だろうが、今回のような映画だろうが、まったく変わらない。撮影も、廣木組は緩いテイクがひとつもない。どの映画の、どのシーンでも、シャープな空気が漂っている。そんな廣木作品で初めて座長をつとめさせてもらって、やっぱり特別な意識がありましたね。
──しかも今回は、珍しく痛めつけられる役でしたね。
昨今、村上淳という俳優は人を殴るような役が多かったから、そのツケが回ってきたんじゃないですか(笑)。映画の神様から「コラッ、たまには痛みを知りなさい」と。特に、職場の同僚女性が自宅にやって来て、ヨシオが彼女に、ベルトで身体を打つよう指示する長回しの場面。あそこは心身ともに逃げられなかった。
相手役の鮎川桃果さんには、「背中をベルトで叩くとき、一発、良いものが入らないと僕は次の台詞にはいかないよ」と伝えていたんです。それを聞いて彼女は戸惑っていた様子でしたけど、何てことはない。本番では堂々と叩いてきて、痛いの何のって。芝居的にOKだったかどうかも分からないくらい痛かった。
──あれはかなり印象的な場面でした。
これは鮎川さんは無意識だったと思うんですけど、僕が「もっと叩いて」と言ったとき、彼女は手に巻いていたベルトを2回巻き直すんです。あれは鮎川さんがやったこと。演出だとわざとらしくなるはず。鮎川さんがちゃんと役を自分のものにした上で、人間としてごく自然な仕草があらわれた。そうやって役者にいろいろ考えさせて、そこまでさせるのが廣木マジック。あと、その場面を含めて(この映画は)音が良いんですよ。
──確かに冒頭の波の音、SMの音、セックスシーンなど、音が豊かでした。
僕はいろんな俳優さんに伝えたいことがあって、それは「もっと録音部と仲良くなってほしい」ということなんです。もっと、現場の音を聞かせてもらうべき。映画は音から入ってくる情報がすごく大きい。現場でも、モニターに映る映像以上に音から得られる情報量の方が多いと僕は考えています。
──村上さんが主演を務めた三宅唱監督の『Playback』(2012年)はその良い例ですね。
それこそ三宅くんは、東京の映画館「ユーロスペース」の音響セッティングの素晴らしさをよく知っているはずだから。あの劇場で上映されたアッバス・キアロスタミ監督の『ライク・サムワン・イン・ラブ』(2012年)で、録音・菊池信之さんが手がけた音のトリップ感も体験している。三宅くんはインディーズのときから音にこだわっていましたよね。インディーズ映画の弱さのひとつは、予算の少なさから録音部にまでなかなか手が回らないこと。「画や脚本は良いけど、音がね」ということが結構あるんです。
「おもしろい時代を過ごせたなって」──村上さんの芸能生活30周年を迎えられましたが、これまでメジャーからインディーズの映画まで、そして若手からベテランの監督までかなり幅広くお仕事されてきました。ある意味、近年の日本映画界の目撃者的な立ち位置にいると思います。
僕としては、2011年から2014年までの3年間、東京の「オーディトリウム渋谷」(2014年閉館)での光景が特に大きかったです。プログラムディレクターの杉ちゃん(杉原永純)、支配人の千浦僚くん、そして、監督の濱口竜介くん、俳優の渋川清彦、川瀬陽太、『海炭市叙景』(2010年)で一緒に仕事をした監督・熊切和嘉くん、富田克也や相澤虎之助ら空族の面々・・・。あと、『いとみち』(2021年)の横浜聡子監督や『脳天パラダイス』(2020年)の山本政志監督たちとあの劇場でよく過ごしていました。
──「オーディトリウム渋谷」で日本映画について、さまざまな話をしていたと。
当時はそこを起点に、空族の『サウダーヂ』(2011年)、三宅くんの『Playback』、大根仁監督の『恋の渦』(2013年)、カンパニー松尾監督の『劇場版テレクラキャノンボール2013』(2014年)が全国的にものすごいヒットを飛ばした。劇場自体に、映画の作り手を引きつける熱があった。藤井道人くん(映画『新聞記者』監督)もいて、彼は当時からみんなとは毛色の違う客層がついていた。それがきっちりと今に繋がっている感があります。
ほかにも、撮影監督の四宮秀俊くん(『ドライブ・マイ・カー』)や鎌苅洋一くん(『花束みたいな恋をした』(2021年)、録音の山崎巌くん(『サウダーヂ』)とか。あれから10年、そのとき見ていた景色が今、メインストリームへ行きだした。だから、おもしろい時代を過ごせたなって。30年のなかでも当時の記憶は宝物みたいなものなんです。
──例えば10年前、村上さんは濱口監督のインディーズ映画『THE DEPTH』(2011年)に出演していましたね。そんな濱口監督は今、最新作『ドライブ・マイ・カー』で世界を席巻しています。
濱口くんが今のポジションまで来ることは、想像できるところもありました。だからこそ当時、作品に出たいと思ったので。これは三宅くんも含めて言えることだけど、僕としては「ここのポジションまで来ることは、君たちなら難しくないよね」と。自分はあえて、イジワルな目で彼らを見るようにしています。「じゃあ、シネコン400館で作品をやるのは誰かな?」という期待を彼らに向けたい。
僕はいろんなインディーズ映画に出ているけど、やっぱり超メジャーな作品に出ると、そこでやる意味の大きさをいつも感じますから。これまで名誉しか拠りどころがない人もたくさん見てきたけど、彼らはそんなものに溺れるとは思えない。だからこそ名誉ってものは、一度パーっとお祝いしたら捨てちゃって、「さあ、次の映画を作ろうぜ」と一緒に現場へ向かいたいですね。
「もうちょっと自分のスケールを上げていきたい」──俳優という仕事の大きな醍醐味はやはり、新進気鋭の監督たちと出会い、そこで刺激を得ることでしょうか?
それはありますね。最近だったら『静かな雨』(2020年)で仕事をした監督・中川龍太郎くんとか、すごくおもしろかったから。基本的に僕は、映画の作り手に対していつでも扉を開けている。もし、村上淳へ渡すギャラが足りなかったとしても、実際に事務所へ会いに来て心意気や熱量を見せてくれたら、「分かった、大丈夫。俺はほかで稼ぐから、作品に出るよ。その分、別の部署にお金を使って」と言ってあげたいんです。
──それは若い監督らにはうれしい言葉ですよね。
一方で、今の僕はすべてに対してそう言い切るにはまだまだ足りない部分がある。30年やってきたけど、もうちょっと自分のスケールを上げていきたい。だから大メジャーの監督たちとも、どんどん仕事をしていきたい。そうしたら、これからよりたくさんの作り手と一緒に映画を作れるかなって。
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映画『夕方のおともだち』は2月4日から、全国で公開。
(Lmaga.jp)
