未曾有の事態、関西の劇場の挑戦~HEP HALLの場合
新型コロナウイルスによる自粛から、少しずつ復活に向けて動き出した関西の小劇場。特に大阪府が、府内の民間ライブハウスや劇場の、配信事業の立ち上げを支援する方針を打ち出したことで、劇場主導の配信作品が一気に増える見通しだ。
その一方で、新宿の劇場でクラスターが発生したことを受け、どの劇場も大きなプレッシャーを抱えているのが実情だろう。赤い観覧車がシンボルの、梅田のファッションビル「HEP FIVE」8階にある小劇場「HEP HALL」もそのひとつだ。
生瀬勝久や古田新太など、関西の学生演劇出身の有名俳優がもれなく立ったと言ってもいい、伝説の劇場「オレンジルーム」を前身に、40年以上も関西の才能を育ててきた、実はかなり格式のある小劇場。
自粛から復活の第1弾として、大阪の劇団「空晴(からっぱれ)」の無観客リーディング公演を、7月25日に生配信する。劇場支配人の星川大輔さんと、空晴主宰で作家・演出家・俳優の岡部尚子に、今回の公演の話に加えて、コロナによって大きく変わるであろう「劇場」のこれからについて話を訊いた。
配信が劇場に足を運ぶきっかけになれば音楽業界では、すでにライブ配信で大きな収益を上げるアーティストが出るなど、配信を新しいビジネスにつなげる動きが出ている。演劇界でも、リモート演劇や無観客上演の配信が話題になっているが、これが「新しい生活様式」時代の演劇として定着するか? 星川さんも岡部も、その辺りは懐疑的だという。
「大阪府の支援の話が出るまでは『配信はどうもなあ』と考えていたし、実は今も考えてます(笑)。やっぱり演者の前に観客がいる、というのが劇場の最低限の要素。そうでないと、劇場は別になくてもいいという気がします。とはいえ、舞台をやりつつも配信に頼るという状況はまだ続く可能性があるし、主催者側には積極的に使ってほしいので、劇場として配信のシステムは確立しておきたいです」と星川さん。
岡部もまた「配信頼りになり過ぎると、ドラマや映画との住み分けが難しいし、私の作品が映像になった時にどうなるか? を考えるのは、今正直しんどいですね(笑)。でも一方で、公演をやらない地域の方や、子育てなどで劇場に行きにくくなった方から『(配信があれば)観れます』という反応を受けると、やっぱり必要かなと思います」と、やむなく劇場に足を運べない人向けの、配信の必要性は実感するという。
さらに星川さんは「演劇を映像としてどう使うか? というのは、うちも含めて、コロナを機にみんなが真摯に考え始めたところ。だから今後新しいモデルとして、演劇でも映画でもない何かが配信されたら、大きな変化が起こるんじゃないでしょうか。うちも将来的には(劇場の)自主企画として、何かできればとは思っています」と、革新的な「配信演劇」が生まれることを望む。
とはいえ、やっぱり2人が口をそろえるのは「演劇は劇場で観てほしい」ということ。「オンラインがメインになるのではなく、あくまでも(生の)舞台のプラスアルファであってほしい。演劇のCMってなかなかできないので、配信がCM代わりになって(劇場に)来てもらいたいですよね」と岡部。
星川さんも「ここはもちろん、生で演劇を観てもらう場所というのが前提。その上で、外からもアクセスしやすい配信を手掛けていくことで、『HEP FIVEの8階に劇場がある』という事実を、もっと知ってほしいです。がんばってアピールしても、いまだに一般的な知名度が低くて、心が折れかけているので(笑)」と、配信が劇場のPRとなり、劇場に足を運ぶきっかけになることを期待した。
生配信での劇場再開「実験の要素が大きい」今回上演する『一番の誕生日!』は、空晴のレパートリーの朗読劇。ソーシャル・ディスタンスに従って、俳優同士が距離を取って座ったままでも成立するうえ、出産を待つ男たちのドタバタコメディという、万人受けしやすい内容もポイントだ。しかしそれを狙ったのではなく、いろんな「渡りに船」の要素が重なったと、星川さんと岡部は口をそろえる。
もともと、6月に別の作品と2本立てで上演する予定だったこの作品。岡部は、「公演の延期を決めたところで、タイミングよくお話をいただきました。この作品は『生まれる』がテーマなので、観た後に希望を感じられるんじゃないかと思います」と自己分析する。
星川さんも、「良い題材でよかったです。気分が暗くなる話だと、僕らも乗れなかったかもしれない」と笑う。この朗読劇と、2人芝居『保健室で抜く男子高校生の話』(26日配信)という、ミニマムな演目を選出したのは「奇をてらわずに、そのまま配信しても成立できるから。映像面でもなにかひと工夫しようとか、まだそんな余裕はないです(笑)」と本音を語る。
「HEP HALLにとっては、これが初めての劇場主催の配信事業で、配信用に回線も引き直しました。ノウハウがまったくない状態で『これ、ちゃんとできるのか?』というのが、実は一番最低レベルにして、一番重要なこと。今回は正直、実験の要素が大きいです」と、思ったよりハードルが高いことを明かす。
配信へのとまどいは、実は岡部も同等だ。「10月にHEP HALLで新作を発表する予定ですが、今の状況が続くなら配信を入れなきゃならない。技術面はもちろん、配信ありだとどんな感じで演じればいいのかもわからないので、喜んで実験台になります(笑)。でもPCやスマホの画角に収まったとき、どんな見え方になるのか楽しみではありますね」と、不安と期待が半々の様子を見せた。
「なくなったら困る劇場」岡部尚子同劇場の特徴は、まず抜群のアクセスの良さ。梅田の主要ターミナル駅から近く、しかも地下通路と直結しているので、大雨の日でも濡れずに来場できる。もうひとつの売りが、多彩な店が入るビル内という立地を意識した、ジャンルレスなラインアップだ。全国各地の若手劇団の公演は言うに及ばず、お笑いライブから生き物の展示イベントまで、本当になんでもアリ。
「実際は演劇をするのに一番適した空間なんで、展示イベントのときはレイアウトが大変ですけど(笑)。でも、多彩なジャンルのひとつとして『演劇』がある方が演劇にとっても健全だし、いろんな人が集まるHEP FIVEのお客さまに、むしろ抵抗なく来てもらいやすいんじゃないかと思います」と、星川さんは狙いを語った。
この劇場で定期的に公演を打っている岡部は、特に若い劇団にとって、150~200席の間で席数を調整できるHEP HALLのような空間が、プロへのステップアップに欠かせないと言う。
「(観客を)100人ぐらい呼ぶのは、身内総動員で何とかなりますけど、それ以上は外の人を集める実力がないとできない。劇団が成長する最初のステップとして、このぐらいの規模の劇場は不可欠です。しかもHEP HALLの場合、梅田のランドマーク的な赤い観覧車の、すぐ真下の場所でやれるというので、ちょっと気合が入りますね。なくなったら困る劇場です」と、その重要性を強調した。
コロナ禍「臨機応変に、いつでも引き返せるように」今回のコロナ禍のなかでも、HEP HALLは3月いっぱいまでイベントを実施した。「公演をやるかキャンセルするか、劇場はどちらにも応じるというスタンスでした」と星川さん。しかし緊急事態宣言で「HEP FIVE」が全館休館してからは、さすがに足並みをそろえざるを得なかった。8月には観客を入れた公演を再開する予定だが、やはり不安は大きい。
「空調設備は十分ですし、感染予防対策もいろいろ整えていますが、本当に『上手くいってください』と祈るしかないのが正直な気持ち。明日どういう状況になるかすらも、全然読めないですし・・・。先日、『1月はどうなってますか?』という問い合わせがあったんですが、『僕にもわかりません』と言うしかなかったです」と苦笑する。
この難局を、劇場と劇団はどう乗り切るか。「どうなっても、臨機応変に対応できるようにするのが大事ですかね」と星川さんが語れば、岡部も「いつでも引きかえせるようにする」ことが、今求められる姿勢ではと言う。
「今どうすればいいかは、もう誰に聞いてもわからない。かといって止まったままでは乗り遅れるので、とにかく進めないとな、という気持ちです。だから、いつでも止められる状態で進んでいって、もしそれが違ってたらすぐに正す。という方向で、行くしかないかと思います、今は」。
実はこの岡部の意見は、前回の[THEATRE E9 KYOTO]インタビューでの、茂山あきらの「『これだけ進んだから、戻るのは惜しい』と思わずに、右に曲がったのが間違いとわかったら、すぐ左に曲がったらいい」という言葉とほぼ同義。「いつでも方向転換が可能な姿勢を取りながら進む」というのが、ジャンルを問わず、ポストコロナ時代を乗り切るための鍵かもしれない。
「みんなと同じ空間で時間を共有したい」岡部尚子そして岡部に「再開したHEP HALLでやりたいこと」を聞くと「普通にお客さんを入れて、普通にお芝居がしたい」という、素朴だけど切実な願いが。
「普段私は稽古がイヤで、寝てる間に役者が上手くなってくれたらと思うんですけど(笑)。今回数カ月ぶりに稽古をしたときに私は、同じ場所に人が集まって、同じ時間を共有することが好きで、演劇をやってるんだなあ・・・と実感させられました」。
「今回は無観客ですけど、一緒に笑うとか楽しむという時間を、やっぱりみんなと同じ空間で共有したい。10月の新作は、そういうことを私なりに物語にして、観客のみなさんの前で、この劇場でお見せできればと思います」。
取材・文/吉永美和子
(Lmaga.jp)
