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映画『ひとよ』の白石和彌監督、田中裕子の出演に「それを望まない映画作家はいない」

2019年、3本目となる映画『ひとよ』を撮った白石和彌監督
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2018年『孤狼の血』で多くの映画賞を獲得し、いまや日本映画界を代表する監督として確かな存在となった白石和彌監督。斎藤工主演の『麻雀放浪記2020』、香取慎吾主演の『凪待ち』に続く、今年3本目となる映画『ひとよ』が、11月8日から公開される。15年前のある夜、母親が決行した事件によって心に傷を抱えた3兄妹。佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、そして、田中裕子という演技巧者が揃ったキャスティングも注目の家族葛藤劇だ。

取材・文/春岡勇二


「絶対に裕子さんにやってもらいたかった」(白石監督)

──原作は、劇作家・桑原裕子が率いる劇団「KAKUTA」による演劇ですが、映画化までの経緯を教えてください。

制作プロダクション「ロボット」のプロデューサー・長谷川さんが、舞台を観て「生まれてこのかた、こんなに魂を撃ち抜かれたことありません」って連絡してきたんですよ。それで、上演は終わっていたので戯曲とDVDを送ってもらって。確かに素晴らしい舞台で、映画化するなら僕にやらせてくださいと伝えたんです。

──監督が、惹かれたのはどういったところだったのでしょうか?

ひとつは、ある事件の加害者と被害者の双方が家族にいるという、なんというか、シンプルではない構造ですね。そこで「罪とはなにか?」という問いかけがまずできること。あとは、親からの気持ちに応えられないこどもたちの葛藤も興味深かったです。また、主人公の家族とは別に登場する父と子と、主人公の家族とが、魂の部分でクロスする仕掛けも見事でしたね。

──これまでも作品のなかで「疑似家族」を描くことが多かった白石監督が、初めて血縁で結ばれた家族の葛藤を描いた作品となったわけですが、それについてはどうですか?

そうですね。本物の家族の話をいつか撮らなくては、とはずっと思っていました。

──資料に書かれていたり、監督ご本人もどこかで話されていたのですが、この物語に監督ご自身の家族のドラマをフィードバックしていると。

そうなんです。実は3.11の震災の直前に、僕の母親が交通事故で亡くなって。弟とは長らく音信不通になっていたんですが、そのときに探したら見つかって、7年ぶりぐらいに会いに行ったんです。その久しぶりに会う感じとかが、今回の作品と被ったりしてました。そういう自身の家族の話もいつか表現に取り込めたらとは思っていたのですが、やはりすぐには無理で、8年近く経ってできるようになったということですね。

──実際に、家族の物語を撮られてみてどうでしたか? なにか心境の変化みたいなものはありましたか?

改めて、なかなか簡単にはいかないなと思いましたね。家族への思いをこじらせている原因はいろいろあるんですが、映画として撮ることで、そういった思いを清算することができるかなって考えていたんですが、なかなかそうはいかず。やっぱり家族ってめんどくさい部分があるなって改めて思いました。答えは出なかったですね。

──物語のなかでも、疑似家族はどこかフィクションとして捉えられるけど、血縁関係の家族はなにかリアルなものが求められてしんどいのかもしれませんね。

リアルにせざるを得ないところがありますよね。関係を清算できないですから。疑似家族と言っても、そのつながりには利益関係だったり、こいつといたら面白いって気持ちがあったり、何らかの説明できる理由があるけど、家族とはそういうこととは無縁で、有無を言わさず付き合わざるを得ないものですものね。

──ただ、両親が加害者と被害者という特殊な家族関係のなか、佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優が演じる3兄妹を呪縛しているものは、そんな家族の関係だけでなく、それぞれが抱いていた「夢」で、むしろそちらの方が大きいように思いました。

夢を実現できないでいる自分への苛立ちですよね。それで言うと、過去の事件とかのあるなしに関わらず、問題は親の期待に応えることとか、一方で、親が子に抱く期待とかですよね。つまり、「夢の実現」もまた家族の問題に帰結していく。また、それはいつの時代にもあった問題でしょうから、そういう意味で普遍的でもある。ただ、どういった話であろうとも、僕が描きたいのは結局のところ人間なので、人間を描く上で、その話にいちばん相応しい題材、家族でもいいし、警察組織でもいいし、それを選ぶだけですね。

──兄妹を演じた3人も素晴らしい演技ですが、やはりスゴいと思ったのは、母親役の田中裕子さんでした。監督も、この企画が起こり、母親役を田中さんが演じてくれるかもしれないとなって、彼女のスケジュールが空くまで待つ決意をされたとか・・・。

だって、それはそうでしょう。田中裕子さんと仕事ができるかもしれない、そんな機会があって、それを望まない日本の映画作家はいないでしょう。裕子さんが演じてこられた、強い情念を打ち出す女性像を、僕らはずっと観てきてますから。近年では青山(真治)監督の『共喰い』(2013年)で菅田将暉くんの母親を演じていらして、あれも素晴らしかった。これはもう絶対に裕子さんにやってもらいたかったです。



「いい意味で『やばいキャスティング』になった」(白石監督)

──僕らの世代で、映画やドラマを観てきた者にとって、田中裕子って怪物的な演技者ですものね。

いやあ、ほんとにモンスターですよ。ただ、劇中のこの母親もいわば「愛のモンスター」的な存在でもあるので、そこもまあリンクしていたというか(笑)。

──監督から見て、田中裕子さんというのはどんな女優ですか?

とても丁寧に、頭から最後までプランを考えられていて、それでいて誰かと芝居してみると、そのプランを平気で壊せるし。あとやっぱり緊張感がありますよね、裕子さんの周りには。そのいい意味での緊張感が、映画の格というか品を上げてくれている感じはすごくあります。

──今回、子ども役の3人は、みんな必死で喰らいついていっていると言うか、いい芝居をされてますね。

裕子さんとがっぷり四つに組んで、きちんと相撲になっているでしょう。横綱に向かって全力で芝居してくれてます。またそれが3人だけじゃなくて、少し脇にいる佐々木蔵之介さんや筒井真理子さんも勝負してくれている。いや実は、裕子さんが決まって、兄妹があの3人に決まって、これはもうホントにいい意味で「やばいキャスティング」になったと思いましたもん。こうなったら、隅から隅まで巧い人を集めようと思って。

──浅利陽介、韓英恵、あと白石映画常連の音尾琢真さんもいいですね。最近は彼が出ると、今回はいい人か悪い人かって考えるのが楽しいです(笑)。筒井さんなんて、贅沢というか、この役に筒井真理子はもったいないくらいの感じでした。

僕もそう思います(笑)。ただ、あのポジションに筒井さんがいてくれる安心感たるや、ホントにありがたかったです。

──ただ、そんな個性派ばかりの脇役で、いちばん驚いたのはMEGUMIさんでした。

そうなんです。MEGUMIさん、巧いんですよ。それに気づいたのは『孤狼の血』(2018年)のときでした。あのときは色っぽい役として出てもらったんですが、初日に役所(広司)さんとの絡みを撮ったとき、「あれっ!? MEGUMIさんて、こんなに芝居巧いんだ!」ってビックリしたんですよ。それで今回も出てもらいました。彼女の実力に気づいている人、まだ少ないと思いますけど。

──今年公開された草なぎ剛さん主演の『台風家族』でも素晴らしい演技でしたし、多くの人が認めることになると思います。今回、主役の佐藤健さんにはどんな印象を持たれましたか?

スターになる人ってこういう人なんだなって思いましたね。『るろうに剣心』のイメージが強いと思いますが、心に闇を抱えているような役も結構やっていて。それでいて今回は、やさぐれているようで実はいちばん純粋、純粋であるがゆえに苦しんでいる青年を的確に作ってくれました。

──長男役の鈴木亮平さんは?

キャラクターづくりに力があって、それって器用じゃないとできないことなんだけど、現場では、逆にいい意味で不器用さを出せる魅力があるんです。彼はここ2年間、時代劇をやっていて襖と障子ばかり開けていたから、撮影中はドアを開けるとき手と足が一緒に出ちゃうみたいなことを言うんですよ(笑)。その感じが長男役に合ってました。

──そして、末っ子には松岡茉優さんです。

彼女には普通の俳優にはない、空間というか隙間を埋める能力があって、彼女が妹でいることで、あの3人は兄妹として存在している。そう納得させる力の持ち主ですね。彼女本人はお酒を飲まないんだけど、今回のようにスナック勤めの女性を演じてもピッタリで、なんの違和感も感じさせないですよね。

──最後に。白石監督が今撮ってみたい題材とかありますか?

誤解を恐れずに言うと「テロ」ですね。暴力が撮りたいわけではないですよ。テロリズムとはなにかということ。あとそれにも近いですが、民衆には政治を動かす力があるということを今描いておかないと、という気持ちはあります。そうじゃないと、ホントにその力が必要なときにやばいことになる。その危機感はあります。


(エルマガジン)

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