他人の目が気になって不安→見られているってなぜ分かる?私を縛る評価の正体は“上映会”だった【漫画】
周囲からの視線を感じると「自分はどう見られているのだろう」「変に思われていないかな」と不安になってしまうことはないだろうか。オキタマキさんが公開した『人の目はどこにあるのか』は、そんな人の目に関する投稿が話題となっている。
物語は「人の目はどこにある?」という問いかけから始まる。実は、他人が自分のことをどう見ているのかを、正確に知ることは永遠にできない。それにもかかわらず「見られている」と感じ、恐怖を抱くのは、外側の現実を見ているのではなく、自分の心の中に浮かんだ「イメージ」を見ているからだ。
作者はこれを、自分の内面でおこなわれている「上映会」だと表現する。この仕組みさえ理解すれば、気持ちは驚くほど軽くなる。上映会が始まること自体は、あなたが弱いからではなく、上映は起こるときに、起こるべくして起こる自然現象のようなものだ。
同作について、作者のオキタマキさんに話を聞いた。
ー同作を描こうと思ったきっかけがあれば教えてください。
私自身も、うつを経験した時期に、「人からどう見られているか」という思いに強く縛られて苦しんだことがあります。でもあるとき、「わたしの中に世界がある」という感覚が腑に落ちました。他人の目に見えていたものは、実際には自分の内側で再生されている像だったのだと気づいたのです。この考えを苦しんでいる人たちに伝えたいと思ったのがきっかけです。
ー「他人の目は自分の中にある」という考えはどのように生まれたのでしょうか?
人の目が気になるとき、実際の他者の視線というより、自分の内側で様々な人物が評価したりジャッジしたりする【映像】が再生されている感覚がありました。
映画館のスクリーンのように、過去の記憶や想像上の他人が次々と現れては何かを言ってくる。その感覚を表現する中で、「これは外側で起きているというより、内面の上映会だな」と自然に言葉が生まれました。
ーご自身も、ふと「他人の目」という上映会に巻き込まれそうになる瞬間はありますか?
具体的には、「今ここで本当に起きていることは何か」とサラッと確認することが、私は大切だと感じています。また、“気づき”の視点から自分や世界を見るようになると、頭の中の上映を「現実だ」と強く信じること自体が、少しずつ自然に起こりにくくなっていきます。無理にやめようとするのではなく、構造が見えてくることで、過度に巻き込まれなくなっていく感覚です。
(よろず~ニュース特約・カキMONO.1)
