偏見や差別を知るにはオスカー候補作を見るといい…「米アカデミー賞」伊藤さとりの視点
4月26日午前8時半(日本時間)からアメリカ・ロサンゼルスで「第93回アカデミー賞授賞式」が開催されます。3月15日にはノミネーションが発表されましたが、昨年秋、新基準をオスカーは発表し、多様性(スタッフや出演者に至るまで、女性、人種、民族、性的マイノリティー、障がい者などを一定の基準で起用する)を含んだ作品を2025年のアカデミー賞から対象にしていくことになったわけです。とはいえ今年のノミネーション作品にも多様性はすでに現れていて、女性陣の名前が例年に比べて多い!監督賞には『ノマドランド』のクロエ・ジャオ、『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネルの2人。『ミナリ』では韓国人女優ユン・ヨジョンが助演女優賞に名を連ねるなど、黒人はもちろん、様々な人種の顔ぶれが並んでいるのです。
[人種、障害、男女平等が盛り込まれた注目作]
そんな中、『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』は作品賞、主演男優賞、助演男優賞他6部門ノミネート。この作品は、ドラマーである主人公が、突如、耳が聞こえなくなり、連れ添った恋人の勧めもあって聴覚障がい自助グループと関係を築いていく物語です。主演俳優はパキスタン系イギリス人のリズ・アーメッド。音に敏感であるはずのミュージシャンが聴覚障がい者になって知る日常だったはずの世界。まさに今のオスカーにふさわしい要素が詰まった作品なのですが、更に“男女平等”というテーマも隠されている気がしました。
冒頭、愛する彼女の為に早く起きて朝ご飯を準備する主人公の姿が映し出されます。彼は彼女が最適の一日を過ごせるように目覚めの音楽まで選曲。自分のグループのヴォーカルであり、素晴らしい才能を持つ彼女を心から愛し、センシティブな彼女とのトレーラー暮らしに喜びを感じて生きてきた男。女性の私から見ても憧れてしまうくらい愛で包み込んでくれる手放したくない恋人なのです。そんな主人公に訪れる突然の聴力低下、離れて暮らすことに難色を示すのは彼女よりもなんと彼でした。彼女と付き合ってから薬物に4年も手を出していない主人公に対してある時、聴覚障がいグループのリーダーが告げるのは「君は“依存症”だ」という言葉でした。
[身近に潜む“依存症”の正体]
“依存症”とは、アルコール依存症、薬物依存症だけではなく、もっと身近にある病であり、仕事に没頭したり、愛する人にとって自分は必要な存在だと信じ込んだりすることで“自分と向き合わずに生きている”心の問題だと映画では伝えています。愛する人がそこに居る未来を想像して自分で決断することは果たして間違いなのでしょうか?
これらのテーマの主人公のほとんどは、今まで女性でした。大島渚監督の『愛のコリーダ』では阿部定というヒロインが愛に溺れて狂気の結末を迎えますが、そこまでいかなくても男だって愛する人の気持ちに合わせすぎたり、仕事に没頭したりして、本当の自分の気持ちと向き合うことから逃げてしまう生き物が人間なのだと思うんです。そして今までこの手の映画なら主人公が女性で、彼を思い続ける光景がスクリーンに映し出されるのが一般的だったのではないでしょうか。それでも私にはこの主人公の男性の一途さや弱さがとても魅力的に見えたし、人間だから人に支えてもらわないと不安だよねと納得したほどでした。さて、あなたの目には彼は一体どう映るのでしょう?
(伊藤さとり)