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月亭可朝 昭和の芸能界を赤裸々告白(下)…舞台の合間は暇でついつい女性と仲良く

カンカン帽を頭に乗せた瞬間、スイッチが入った月亭可朝。街角で“エアギター”を弾いて上機嫌!=神戸市内
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 落語家・月亭可朝(79)は現在もっとも昔かたぎの芸人の1人と言えるだろう。酒、女、バクチ、最初の師匠・三代目林家染丸からの破門。破天荒の見本のような生き方を貫いてきた。亡くなった人間国宝・桂米朝さん一門の筆頭弟子でありつつ“歌笑曲”「嘆きのボイン」を歌って80万枚の大ヒットになった。型破りな男の生きざまの激白を(上)(下)で。以下は(下)。

 -「嘆きのボイン」がヒットした頃、可朝師匠は30歳くらい。多額の印税も入ってさぞモテたのでは。著書「真面目ちゃうちゃう可朝の話」は60歳ごろの執筆で、親密な関係になった女性の数が100人と書かれている。

 数なんか自慢にならんけどな。寝つきにくいとき、羊が1匹、2匹って数えるやろ。僕は眠られへんときは自分がいった女を北から思い出すねん。北海道から。女1匹、女2匹や。70くらいで寝てまう。昔、遊郭あったやろ。そんなんは抜きや。北から数えて九州に行くまでに寝てまう。横山ノックは1000人いったと言うてたけど遊郭も入れとる。

 -可朝師匠はずいぶんモテた。

 そうかな。自分ではモテたためしはないと思ってる。そんなタイプやない。

 -モテなかったら100人の女性と親密になれませんよ。

 なんぼモテへんでも100人くらいいけるやろ。

 -無理です。フツー。

 今の世代は、せえへんからな。みんなプライドが高くて振られたらどうしようかとか思ってる。そういう風潮はアホですな。

 -それは人口減につながる深刻な問題ですが、寝るときに女性の数を数えるというのは強烈ですね。

 数えとったらな、あの女だけはやめといたら良かったいう女が出てくるんや。自分でも残念でしゃーない。あんなんいかなんだら良かった。それが京都の女で、西から数えても東から数えても出てきよんねん。(すっごいいやそうな顔)人妻やったわ。京都の劇場に出ていたころに。

 -昔の京都花月ですか。

 うん。1回目と2回目の出演の間は芸人は暇やから劇場をぶらぶら出てしまうねん。それで、そういう関係になってしもて。

 -暇だからそういう関係になったと…。来年80歳になられます。そういう面はそろそろ落ち着きましたか。

 完全に落ち着いた。もう必要ないねん。めっちゃええ女やったら気持ちも動くやろうけど、そうやなかったらもう、わざわざ。

 -可朝師匠がね。寂しいもんです。

 うるさい!

 ◆◆月亭可朝◆◆(本名鈴木傑=すずき・まさる)。1938(昭和13)年神奈川県生まれ。59年4月、三代目林家染丸に入門し染奴を名乗るも破門。3代目桂米朝に入門。二代目小米朝を名乗る。68年、月亭可朝を襲名。弟子に月亭八方ら、孫弟子に八光、方正ら。71年、参院選に出馬。一夫多妻制の公約を掲げ落選。01年、参院選比例区に自由連合から出馬し落選。著書に「真面目ちゃうちゃう可朝の話」(鹿砦社)。

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