伝説のガールズグループのメンバー死去 元夫は1年前に新型コロナで獄死

 ガールズグループ、ザ・ロネッツのロニー・スペクターが死去した。78歳だった。『ビー・マイ・ベイビー』『ベイビー・アイ・ラブ・ユー』『ウォーキング・イン・ザ・レイン』など60年代のヒット曲で知られる同グループのリードシンガーだったロニー、がんとの短い闘病生活の末、夫でマネージャーのジョナサン・グリーンフィールドの腕の中で息を引き取ったことを遺族が発表した。

 RonnieSpector.comに掲載されたその声明にはこう綴られている。

 「我々の愛しきアースエンジェル、ロニーががんとの短い闘いの後、安らかにこの世を去りました。家族に囲まれ、夫ジョナサンの腕の中でです」「ロニーはその目を輝かせながら元気いっぱいに、ユーモアのセンスも抜群で笑顔を絶やさずその人生を生きました。愛と感謝に満たされていました」

 「その喜びに満ちたサウンド、遊び心に溢れた性格、特別な存在感は、彼女を知り、聞き、出会った人々全員の心の中で生き続ける事でしょう」

 「ロニーは、花の代わりに、皆さんの地元にある女性のためのシェルター、もしくはアメリカン・インディアン・カレッジ・ファンドに寄付していただくことを望んでいました」

 「ロニーの人生と音楽の祝祭イベントについては後に発表させていただきます」

 「遺族のプライバシーを尊重していただけますようお願いいたします」

 今回の訃報の約1年前、ロニーの元夫で音楽プロデューサーのフィル・スペクターが新型コロナのため81歳で獄死していた。女優ラナ・クラークソンを射殺した罪で禁固19年を言い渡され服役中だったフィルは、1968年から74年までの結婚生活は虐待的だったとされるものの、ロニーはその死に心を痛めていると発表していた。

 そんな本名ベロニカ・イヴェット・ベネットことロニーは、姉エステル・ベネットと従妹のネドラ・タリーと共にザ・ロネッツを結成。フィルが同グループの音楽の大半をプロデュースしていた。

 そして1964年、ロニーは初のソロシングル『ソー・ヤング』をリリース。ソロとして最後のアルバムは2016年の『イングリッシュ・ハート』となった。ちなみに2007年にはザ・ロネッツとしてロックの殿堂入り。プライベートではフィルと引き取った養子の息子2人ほか、ジョナサンとの間にも2人の息子がいる。

 今回の訃報にはロニーの音楽の大ファンだったというビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソン、ブルース・スプリング・スティーン&Eストリート・バンドのギタリストでロニーの曲のプロデュース経験もあるスティーヴン・ヴァン・ザントら多くの著名人が追悼の言葉を発表。キム・ワイルドは初めて惚れた声の持ち主の1人だったとその死を惜しんでいた。

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