純烈、激震ついに2人に リードボーカル・白川裕二郎、来年3月いっぱいで卒業 昨年、母が他界「モチベーションがなくなってしまった」

 純烈の白川裕二郎(49)が8日、2027年3月いっぱいでグループを卒業すると発表した。ファンクラブサイトで報告し、その後、都内で会見。5年前から相談していたという。リードボーカルが抜け、残り2人となる激震に、リーダーの酒井一圭(50)は新メンバー&新グループオーディションの開催を決断。これまでも多くのメンバーを見送ってきたが「最大のピンチ」と表現し、1年後をめどに5人体制とする計画を明かした。

 3人は都内の結婚式場に鮮やかなオレンジの衣装で登場した。後上翔太(39)は笑みを絶やさず、酒井も晴れやかな表情。少し緊張した様子の白川は「これまで純烈は4人が卒業していきました。今度は僕が見送られる側。一度心と体をリセットして、充電させていただいてから、またファンの皆さまの前で歌わせていただける日がくればいいなと思います」とあいさつした。

 2007年、のちの純烈を構想していた酒井が最初に口説いたのが白川だった。グループの旗印となった「夢は紅白、親孝行」は、白川のために用意した言葉。43歳で産んでくれた母への思いが活動の原動力だった。

 白川は決断の理由について「5年ほど前から(母が)僕が家に帰っても、僕という存在を認識しなくなってきていた」と告白。親孝行の意味を自らに問い、家族のそばにいたいと卒業を相談していたという。

 すでに決まっている仕事の兼ね合いで卒業が先延ばしとなる中、グループのメンバーは変動。母は昨年の10月に他界した。当日は地方で公演があり、看取(みと)ることはできなかった。

 当時の心境を聞かれ「後悔はあります」と目を潤ませ、声を詰まらせた。続けて「母親の口癖は『目の前にいるファンのみなさん、仕事のありがたみ、そういったものを大切に何があっても頑張りなさい』と言ってくれていた。その言葉を思い出しながら当日は歌いました」と回想した。

 「母親が他界しまして、純烈を続けていくモチベーションが他のメンバーよりなくなってしまった。中途半端な気持ちで続けるのは申し訳ないなと、こういう決断をさせていただいた」

 卒業まで約10カ月。8年連続出場中のNHK紅白歌合戦に思いをはせ、後上が「3人で9年連続大みそかの舞台に立てるよう頑張るので応援お願いします」と言えば、酒井も「白川卒業するんでお願いします」と直球勝負。天国に最後の親孝行を届けるべく並走する。

 ◆白川裕二郎(しらかわ・ゆうじろう) 1976年12月11日、横浜市生まれ。高校卒業後の95年に大相撲・朝日山部屋に入門。しこ名は綱ノ富士。96年9月場所で引退。最高位は序二段99枚目。俳優座のオーディションに合格。02年、「忍風戦隊ハリケンジャー」の霞一甲(カブトライジャー)役で俳優デビュー。07年に純烈加入。

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