吉田拓郎 20年ぶり大阪コンサートで沸かせた 「やり残したことがある」因縁の場所で24曲披露 ファン大歓声

 「ごめんね、色々。ありがとうございました。とは言いながら明日も明後日もあるし、いっぱい生きなきゃいけないから、元気でいようね、みんな」 

 拓郎は14曲目「コントラスト」を歌う前にそう言った。2024年のアルバム「Ah!面白かった」の中の自分の音楽人生を「一本の道」に例えた曲だ。 

 4月に80歳の誕生日を迎えた吉田拓郎が、13日の愛知県芸術劇場に続いて25日、大阪フェステイバルホールでコンサートを行った。 

 大阪は「最後の全国ツアー」と銘打った2009年のツアーでリハーサル中の体調不良で中止して以来17年ぶり、実際に開催されたのは20年ぶりとなる。これまでも自分の番組で「やり残したことがある」「と言い続けていた因縁の場所だ。

 そんな経緯を知っている総立ちのファンの大歓声に応えるかのように一曲目は「春だったね」「ペニーレインでバーボン」「虹の魚」と「君が去りし後」と70年代の代表曲をまとめた17分に及ぶファンキーなロックンロールメドレー。言葉を放り投げるように畳みかけてゆく「拓郎節」の歯切れのいいスピード感は、3月から2カ月に渡ったというリハーサルの成果を感じさせた。 

 吉田拓郎のデビューは1970年。シンガーソングライターという形や日本で初のコンサートツアーや野外イベント、ジャンルを越えた作家活動、更にレコード会社の設立など半世紀を超える活動は「誰も試みたことのないこと」の連続。それゆえの誤解と抗わざるをえなかった。本来やりたかった音楽ではない「フォーク」というレッテルを貼られてしまったこともその一例だろう。 

 この日、メドレーも入れて披露したのは時代を彩った代表曲だけでなく「自分の書いた曲がヒットするとうれしい」「とびぬけてうれしかった」とキャンディーズに提供した「やさしい悪魔」などキャリアを総括したような24曲。広島のアマチャア時代に組んでいたR&Bのバンド、ダウンタウンズで歌っていた洋楽R&Bのカバーメドレーは初めての試みだろう。最後の曲は肺がんから復帰した時に作った2009年の「ガンバラナイけどいいでしょう」だった。 

 サックスやコーラスも加わった11人編成のバンドを率いたのはこの10年の音楽活動を支えた武部聡志。ライブ感溢れる分厚い華麗なサウンドは日本で一番テレキャスターの似合うロックシンガー、拓郎のスター性を際立たせていた。 

名古屋のステージで彼は「こういう80を目指してもらいたい」と笑った。2時間半近いステージで立ちっぱなし。時にステップを交えて歌い切り客席に向かって深々と頭を下げる姿に「生きてゆく希望」を見たのは僕だけだろうか。 

 なお、このステージの模様は、この夏、U-NEXTおよびCS放送TBSチャンネルで公開されるほか、ライブ・ビューイング・ジャパン配給による映画館上映が予定されている。

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