大谷廣松 祖父・四世中村雀右衛門さんの舞踊作品に挑戦「なんでこんなに柔らかく動くんだろう」 祖父は人間国宝…孫への粋な接し方も明かす
歌舞伎俳優の大谷廣松(32)が8日、都内で、初の舞踊公演「廣松の会~雪月花~」(2月6日、東京・観世能楽堂)の取材会を開いた。
公演では雪月花の雪を「まかしょ」、月を「島の千歳」、花を「豊後道成寺」の三題で表現する。「豊後道成寺」は人間国宝、文化功労者、文化勲章に選ばれた昭和を代表する名女方で祖父の四世中村雀右衛門さんが1982年に初めて舞踊化した家の芸といえる作品で、清姫は四世雀右衛門さんの当たり役だ。
廣松は初開催を決断した理由を「10代20代の頃は自分の研さんというよりかは周りについていくのに必死になっていた。同期や年の近い先輩が会をやっているのに劣等感を持っていた。自分の中で変化が出てきて、このタイミングしかないというところで会をやろうと思った。少しでも祖父が残したものを受け継ぎつつ、芸は死ぬまで終わらないと祖父も言っていたので、そこに追いつくためにも人生の目標として会が必要だと思った」と説明。
「豊後道成寺」は「常に憧れていたし、祖父が作り上げたものをやりたいと思った」もので、衣装は「祖父が使っていたものになると思います」といい、着るのは「初めて。ドキドキします」と笑顔。祖父の「豊後道成寺」について「何もないところで一人しか立たないので、そこで世界を作り上げるのは本当にすごいなと思いました」と話し、稽古は「きついですね。よく70超えたじじいが踊れてたなあと思いました。なんでこんなに柔らかく動くんだろうなと思いました」と、冗談めかしつつも感嘆する。
「踊り込まないとそこ(世界を作り上げる)まで行けないなと思ったので、今後とも必ずやりたい」と、年一でやりたいという公演を続けていく中で「豊後道成寺」は毎回プログラムに入れる考えを明かした。
祖父の思い出を「家に遊びに行くと、当時は東京タワーの見えるマンションに一人暮らしで、ソファにいつも寝てたんですね。財布見せてみろっていつも言われて、寒い財布だな、あっためてやるよって、お小遣いくれるんですよ。ワンクッションあるしゃれっ気のある人でしたし、おしゃれなレストランに連れてってくれたりとか、直接甘いおじいちゃんをするんじゃなくて、間接的にいろんな経験をさせてもらって愛情表現をもらっていたのかな」としみじみと語った廣松。
「来年再来年に向けて、常に勢いづけながらすすんでいきたい。私の人生チャンスが今しかないんで、頑張ります」と決意を新たにしていた。
