俳優・一ノ瀬ワタル（３９）が「理想のパパ」として、全国の主婦にとって癒やしの存在となっている。ＴＢＳ系ドラマ「対岸の家事～これが、私の生きる道！～」（火曜、後１０・００）で、主演の多部未華子（３６）演じる妻と、永井花奈（４）演じる娘を溺愛する一家の大黒柱を好演。俳優以前はプロ格闘家だったが、自身は格闘技が「向いてなかった」と振り返る。コワモテな風貌とは対照的に、平和主義なマインドを持ち、異色なキャリアを築く３９歳に自らの「生きる道」について聞いた。

　いるだけで場を明るくする不思議なオーラの持ち主だ。取材は別番組のロケ後、疲れのピークとも言える午後１０時ごろから始まったが、撮影で笑顔を求められると「家事のようにっすな！」とニッコリ。そのまぶしさに、現場は一気に和んだ。

　語り口も底なしに明るい。聞くと、特徴的な「－すな」という話し方は中学１年頃からの口癖だという。「だから地元では先輩も後輩も俺のこと『すな先輩』って言ってたんすよ！」。高校入試の面接対策で「敬語補習」なるものも受けたそうだが「抜けなかったすな！」と豪快に笑った。

　今作ではそのコワモテな風貌に反して、家族にデレデレなパパ役として存在感を放っている。ＳＮＳなどでも、「こんな旦那さんが良かった」などと、話題沸騰中だ。

　休日はジムとスーパーでしか外に出ないという見かけによらないインドアな日常でも反響を実感。「主婦の人達にスーパー行くとめっちゃ声かけられるようになったすな！」とうれしげに語る。

　独身故に結婚願望も強まったという中、撮影を終えても役が抜けない。子供と接するのは「苦手」だったというが、「でも今、花奈ちゃんすごい好きっすな」と“娘”への愛が止まらない。

　永井の母とはＬＩＮＥを交換したそうで「今度、運動会呼んでくださいって言ってる」と笑顔で告白。一方で「けどクール終わったら、もう俺のこと忘れちまうのかな…」と寂しげにこぼした。

　これまではその風貌を武器に「極めようとしてた」と語るほど悪役を演じてきた。俳優になるきっかけは、プロ格闘家として生きた過去だった。

　幼少期からＫ－１に憧れ、柔道の特待で高校に進学するも中退。１６歳でキックボクシングを始め、１９歳で沖縄のジムに内弟子入り。タイのジムで２年、修行も経験した。

　「飯足りないからカエルとかスズメをジャングルに取りに行くんすよ。当時ジムの水飲んだら死ぬって言われてた。でもその水で米たいてるんすよ！」。タイでの過酷な日々は今は笑い話となっている。

　帰国後に転機が訪れた。ジムのつてで、三池崇史監督を紹介され、映画「クローズＺＥＲＯ２」にエキストラ出演した。「『眉毛と髪それるなら出てこいよ』って言われて、出たっすな！」。

　演じる面白さに目覚め、しばらくは格闘家兼エキストラとして活動した。「他人」を演じるうちに一つの結論に至った。「俺キックボクシング向いてなかったんすよね」。

　続けたのはある試合の話。相手が「めちゃくちゃ良い人」だったといい、勝利したが、相手が涙したことに「すごい罪悪感を感じた」という。

　予兆は他にもあった。「会長から『おまえ試合の時になんでガード殴ってんだ？』って言われた」。無意識のうちに人を殴ることができなくなっていたのだ。「俺の中での一番良い成績が引き分けやったんすよね」。格闘家としては致命傷なほど、優しすぎた。

　だからこそ俳優業に専念した。役柄がたとえ、暴力的な「悪役」が多くても「フィクション」だからこそ、演じられ、「楽しい」とも思えている。

　大相撲が舞台のＮｅｔｆｌｉｘドラマ「サンクチュアリ　－聖域－」では、主人公・猿桜として、体当たりな演技を見せ、その名を広く知らしめた。まげを結った長髪は今やトレードマークだ。

　同作の続編予定はないとされている。だが、一ノ瀬の中では消化不良なようで「『サンクチュアリ』を完結させないと俺の人生、前に進まない。猿桜が心の中でずっと叫んでるっす。ここを終わらせないと、髪も切れない」と言い切る。

　格闘技に生きた一ノ瀬がさらに進化するためには、やはり「格闘技」の物語が必須のようだ。

　◇一ノ瀬ワタル（いちのせ・わたる）１９８５年７月３０日生まれ。佐賀県出身。幼少期からＫ－１に憧れ、柔道の特待生で高校進学するも中退。１６歳で上京し、キックボクシングを始める。１９歳で沖縄のジムに内弟子入りし、プロとなる。２００９年、ジムの支部長に三池崇史監督を紹介してもらい、映画「クローズＺＥＲＯ２」にエキストラ出演し、スクリーンデビュー。１１年に２６歳で格闘技を引退し、役者業を本格化。ドラマ「サンクチュアリ　－聖域－」や、映画「宮本から君へ」など話題作に多数出演。