斉藤由貴 デビュー曲「卒業」は運命的な一曲「あの歌に出会っていなかったら…」 歌手デビュー40周年記念日に全国ツアースタート
女優で歌手の斉藤由貴(58)が21日、歌手デビュー40周年を迎えた。1985年発売のデビューシングル「卒業」をきっかけに国民的アイドルへ上り詰め、現在は女優としても大成。歌手としても作詞を手がけるまでに深みを増している。節目を記念し、21日にセルフカバーアルバム第二弾「水響曲 第二楽章」とBlu‐ray&DVD「StudioLive水響曲『四季』」を発売。同日に地元・神奈川から36年ぶりの全国ホールツアーへ出発する斉藤に、アニバーサリーを迎えた思いを聞いた。
80年代アイドルシーンに衝撃を与えた歌手デビューから40周年。歌手としての思いを問うと、斉藤は照れくさそうに切り出した。「正直に言うと変な感じです。コンスタントにデビューから歌手をやっていたかというよりは、歌手活動から距離を置いていた時期があった。それがいつの間にか歌い始めて、やることが増えていって、すごく歌手活動をやっているなという40周年なので、正直に言うと、口幅ったい感じがあります」。真摯に節目と向き合い、歌への思いを再確認している。
85年2月21日にシングル「卒業」でデビュー。かれんなルックスと天性の歌声で日本中にその名を知らしめ、スターダムを駆け上がった。もともと内向的な性格で、歌手や女優を目指していた訳ではなかったが、ひょんな事から歌手としてデビュー。当時を「あれよあれよと巻き起こって、いつの間にか渦の真ん中にいた」と表現し、「地獄の忙しさでした。自分で言うのはバカみたいだけど、ドカンとなっていた。一生懸命やって、夜は家に帰って泥のように眠るという数年間でしたね」と駆けだしの頃を述懐する。
デビュー当時で鮮明に覚えているのは、東京・新宿のスタジオアルタでのデビューイベント。「当時はカンペとかプロンプターという物はありません。『卒業』は歌えたけど、カップリングの『青春』という曲が全然歌詞を覚えていなくて…。お客さんが目の前にいるのに、ボロボロの歌をお届けして、真っ青になったことをよく覚えています。お客さんも『由貴ちゃん、歌えない。どうしよう。どうしよう』って慌てている感じでしたね」と、青春時代の苦い記憶を掘り起こした。
今もなお歌い継がれる「卒業」は、作詞・松本隆氏、作曲・筒美京平氏というヒットメーカーが手がけた。同曲は、渋谷駅に掲出されていた斉藤のポスターを見た松本氏が「この子、歌ったら良いのに」と思っていたところ、デビュー曲の依頼が舞い込み、イメージで作り上げた。斉藤は「いわゆるアイドル歌手でかわいくとかではなくて、誠実で若い女の子の本心を描いた楽曲。あの歌に出会っていなかったら、たぶん私は“全然違う何か”だったと思います」と運命的な一曲と説明する。
小学生時代はいじめられっ子で「アイドルという物と両極にいる人間だった」という。歌手となってからも「私がいる世界じゃないな」ときらびやかな世界に引け目を感じていたが、徐々に歌の魅力にとりつかれた。歌はどんな存在かを問うと「やっぱり演技なんですよね」と即答。「3~4分の物語の主人公を演じるというスタンス。根幹は演技者。『歌がうまいね』『聞きほれるね』じゃなくて、世界観を表現した時に、お客さんが何か物語をイメージしてくれたら、それが私にとってうれしいことです」。歌というフィルターを通して、演じ続けている。
アニバーサリーイヤーを盛り上げるべく、デビュー記念日にアルバムや映像作品を用意。36年ぶりの全国ホールツアーも初日を迎える。「私の成長や変化を見てほしいということではなくて、デビューから皆さんが聞きなじみのある曲を、当時のアレンジのまま演奏する。懐かしい気持ちになって、若い頃を思い出してワクワク楽しんでもらえたら。それが今年の目標です」。40年分の感謝を歌声に乗せ、ファンを青春時代へいざなう。
◆斉藤由貴(さいとう・ゆき)1966年9月10日生まれ。神奈川県出身。1984年に「第3回ミスマガジン」でグランプリに選出され、明星食品のCMで話題を呼ぶ。翌年2月にシングル「卒業」で歌手デビューした。同4月にフジテレビ系「スケバン刑事」で連続ドラマ初主演し、同12月公開の「雪の断章-情熱-」で映画初主演。86年にNHK連続テレビ小説「はね駒」でヒロインを演じるなど、女優として精力的に数々の作品に出演してきた。身長161センチ。血液型B型。
