「平田隆夫とセルスターズ」菊谷英二さん 死去「ハチのムサシは死んだのさ」大ヒット

 「ハチのムサシは死んだのさ」の大ヒットで知られる「平田隆夫とセルスターズ」でボーカル&ギターを務めた菊谷英二(きくたに・えいじ=本名・菊谷英紀)さんが、今月27日に虚血性心疾患で死去していたことが28日、分かった。77歳だった。埼玉県川口市内で経営しているライブ居酒屋「ハチのムサシ」の玄関先で倒れているのを従業員が発見。搬送先の病院で死亡が確認された。通夜は5月1日、葬儀・告別式は同2日に川口市内で営まれる。

 寓話的な歌詞に学生運動の虚無感を込めた楽曲で、一世風靡(ふうび)したセルスターズのメンバーが、孤独な死を迎えた。

 菊谷さんは27日の昼頃、川口市内で自身が経営するライブ居酒屋「ハチのムサシ」の玄関先で倒れているのを従業員に発見された。すでに息はなく、搬送先の病院で死亡が確認された。その後の調べで、死亡は同日の午前1時ごろだったという。店が地下だったため長時間発見されなかったようだ。

 高血圧の持病があり薬を飲んでいたが体調は良好だった。25日にはセルスターズの初代メンバー・村部レミと電話で会話。緊急事態宣言が発令され、店は休業中だが「コロナで店も駄目だけれど、復帰を願って頑張ろう」と元気そうに話していたという。

 菊谷さんは1942年10月1日生まれ。67年、グループサウンズ「ルビーズ」の一員として「さよなら、ナタリー」でデビューした。翌68年に平田隆夫さんらとともに「平田隆夫とセルスターズ」を結成。71年8月に「悪魔がにくい」でレコードデビューし、100万枚突破の大ヒットを記録した。72年2月に発売した「ハチのムサシは-」も大ヒットし、同年の「第23回NHK紅白歌合戦」に初出場した。77年にセルスターズを解散したあとは、93年に平田さんとともにこの「ハチのムサシ」を開店。2011年に平田さんが死去した後は菊谷さんが経営者となり、店を拠点に音楽活動を行っていた。

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