柔道元世界王者の丸山城志郎氏、家族でスイス移住を発表「決断しました」現地で柔道指導 ライバル阿部一二三と五輪代表争い経て昨年2月引退

 柔道男子66キロ級で世界選手権を2度制した丸山城志郎氏(33)が5日までに、今年8月から家族でスイスに移住することを発表した。妻クルミさんのYouTubeチャンネルに夫婦そろって出演。クルミさんが「家族でとある決断をしまして、スイスに引っ越すことになりました」と切り出し、丸山氏も「僕の仕事の関係もあって、スイスに移住することを決断しました」と報告した。昨年2月に現役を引退し、現在はスイスで柔道指導をしている。

 今年4月からスイスでの生活を始めていたが、ビザを取得したため、改めて正式に移住するという。新天地での生活について、丸山氏は「非常に暮らしやすい。日本の暮らしやすさとは全然違うが」と説明。土日はショッピングモールやスーパーが営業しないなどの日本との違いを明かし、「日本人からするとあり得ないけど、実際に住んでみると慣れる」。週末はフリーマーケットなどを楽しむことも多いといい、街の景観が綺麗で山などの自然も豊かだという。

 また、フランスに近いスイス西部のジュネーブ近郊に住んでいるため、「今僕はフランス語を頑張ってます。簡単な日常で使うフレーズは、ある程度はしゃべれるようにはなってきている」と報告。地元の子どもたちに柔道を教えながら、逆に子供からフランス語を教わっているという日常の一端を明かした。

 丸山氏は世界一美しいともいわれた切れ味抜群の内股を武器に海外勢に無類の強さを誇り、欧州では丸山ファンも多かった。世界選手権は2度制したものの、東京五輪に向けては同じ66キロ級のライバル阿部一二三(29)=パーク24=とし烈な代表争いを演じ、2020年12月13日に史上初めて実施された一騎討ちでの五輪代表決定戦(講道館)で24分の死闘の末に惜敗し、五輪出場を逃した。以降も阿部の牙城を崩せず、パリ五輪も出場を逃し、25年2月に引退を表明した。

 今年8月には、宿命のライバルだった阿部と初めて食事に行ったことを互いにSNSで報告。丸山氏は自身のインスタグラムで、2人で抱擁する歴史的ツーショットを投稿し「こんな日が来るとは微塵も予想してなかったのですが、一二三と直接会い、初めて食事を共にし、言葉にできないような素晴らしい時間を過ごすことができました。僕が何度も限界を超え、最後まで戦い続けることができたのは、阿部一二三の存在があったからです。当時どんな稽古をしたか、どれくらい練習したか、プライベートな話まで、深く話すことができました。朝起きた瞬間から寝る瞬間まで僕は一二三を、そして同じように一二三も僕のことを考えていたということも今日知りました。ご存じの通り彼の柔道には見る者を魅了する力があります。紛れもなく、僕にとって最大のライバルでした。これからは誰よりも大きな声援を送り続けたいと思います。頑張れ、一二三!」と、つづっていた。

 ◆丸山城志郎(まるやま・じょうしろう)1993年8月11日、宮崎市出身。1992年バルセロナ五輪代表の父・顕志さんの影響で3歳から柔道を始めた。天理大卒業後はミキハウスに所属。19、21年世界選手権で2連覇し、22、23年は準優勝。左組みで得意技は内股、袖釣り込み腰。家族は妻クルミさん、2児。167センチ。

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