高木美帆が引退会見「決断したというより受け入れた」 理想に近づけない現実との闘いに区切り 第二の人生も“求道者”らしく

 引退会見後に愛用のシューズをなでる高木美帆(撮影・佐藤厚)
 平野歩夢(右)らと写真に納まる高木
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 スピードスケートで、夏季を含めて日本女子最多となる五輪メダル通算10個を誇る高木美帆(31)=TOKIOインカラミ=が6日、都内で、現役引退会見に臨んだ。39社111人の報道陣が駆けつけた中、白のパンツスーツ姿で登場。引退への経緯や、今後の活動について約2時間かけてゆっくりと語った。冒頭には、所属先が同じスノーボード男子五輪金メダリストの平野歩夢が登場するサプライズがあった。

 現役ラストレースだった3月の世界選手権を終え、約1カ月。高木は晴れやかな表情で、5歳から始まったスピードスケート人生を振り返った。

 「寂しい気持ちとか、ぽっかり穴が開いてしまったというようなことは感じていない。私のこれからの人生に、ともに歩んできたスピードスケートとの時間がなくなることはないと、どこかで感じられている」

 現役生活に別れを告げた理由は「自分を律して押し上げるパッション(情熱)が少しずつなくなっていると感じた」から。「波に乗っていた」と自負する2018年平昌五輪、22年北京五輪と比べて「スピードスケートとの向き合い方がアスリートとしてじゃなく、人生の一部になっているように感じた」という。目標へ本気で向かっていく途中で、理想に近づけない現実とぶつかり「引退することを決断したというより、受け入れたという感じ」と区切りをつけた。

 現実味はじわじわと感じている。スケート靴を見て「この靴に足を入れた瞬間を味わうことがないんだなと思うと、本当に引退したんだなと実感が湧く」。ふとした時に感傷に浸ることはあるが「しんみりした時間を過ごしたりはない」と、世界中のリンクを滑ってきた思い出は笑顔で振り返ることができる。

 15歳だった10年バンクーバー大会から4度の五輪に出場。夏季を含めて日本女子最多10個のメダルを手にした。スピードスケートとは「自分をここまでつくってくれたものの一つ」だという。「本気になる環境が自分にとってのスピードスケート。そういうものに人生の中で出会えたのはすごくありがたい」と頰を緩めた。

 「何者でもない時間でもいたい」と今後は未定。今、前には「真っ白な画用紙が広がっている感じ」とし、これから始まるまっさらな第二の人生に胸を躍らせている。そんな中で既に関心を持っているのが「脳と体の関係」と「人の健康寿命や思考に関すること」。「ノウハウを深めていって、広げていったりする活動ができたら面白いかな」と、いかにも“求道者”らしかった。

 「今までは狭い世界で一つのものに集中するために時間を費やしてきた。今は自分の帆を目いっぱい広げて、思うがままに進んでいきたい」。スピードスケートの黄金時代を築いてきた一人が、無限大の新たな可能性を探り、足を踏み出す。

 ◇高木美帆(たかぎ・みほ)1994年5月22日、北海道幕別町出身。中学生だった15歳で2010年バンクーバー五輪に初出場。帯広南商高から日体大に進学した。4度出場の五輪は18年平昌で団体追い抜きの金などメダル3個、22年北京で1000メートルの金など4個を獲得。ミラノ・コルティナ大会は500メートル、1000メートル、団体追い抜きでの銅3つを加え、通算10個は日本歴代3位タイで、女子では夏季を含めて最多。W杯38勝は男女を通じて日本史上最多。1500メートルの世界記録保持者。姉は平昌五輪で2つの金メダルを獲得した菜那さん。

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