侍J 忘れられない山川穂高の献身 歓喜を陰から支えた“立役者”が貫いた姿勢

 侍ジャパンが世界一を奪還した第5回WBC。2月の宮崎合宿からチームを追い続けたデイリースポーツの侍取材班が、5回の連載で大会を振り返る。第1回は田中政行記者。取材班キャップが取り上げたのは意外な男の姿だった。

  ◇  ◇

 マイアミ空港を飛び立つと、いきなり激しく揺れた。過去、味わったことない振動。それは現地滞在の5日間、目で見た驚きの光景、肌で感じた衝撃の連続とリンクするようだ。終わった。野球の神様が導いたクライマックス。ダルビッシュがつなぎ、大谷が締める。漫画でも描くことないラストは、トラウトの登場で伝説になった。

 準決勝・メキシコ戦は敗色濃厚の展開。吉田の劇的3ランで同点に追いつくと、不振続きだった村上のサヨナラ打が生まれた。直前、チャンスメークした大谷は、二塁上からベンチに向け咆哮(ほうこう)。試合後には栗山監督が涙した。「宗、良かったな。最後はお前で勝つんだと、ずっと言い続けてきた」。三冠王・村上の苦しみを問われ、指揮官は2度声を詰まらせた。

 揺れる機内で目を閉じる。感動的なシーンは数限りない。紙面、ネット記事として、ファンの方々に感動が伝えられたら、と心から思う。大谷、ダルビッシュの激闘や、栗山監督の知られざる苦悩の日々を…。そんなことをつづろうと思ったが、どうしても脳裏に浮かぶ光景がある。何重にもなるヒーローの輪の横で、静かに勝利を喜ぶ男の姿。僕は、山川穂高を忘れない。

 「いや、でもやっぱり宗ですよ。宗が打ったのは、本当にうれしかったなあ。マジで」

 世界一の余韻冷めないベンチ裏。出場がなかった山川は誰よりも笑顔だった。「誰がどう見ても、苦しんでたじゃないですか。よく分かるんですよ、気持ちがね」。結果が出なかったヤクルトの4番、出番がなかった西武の4番。短期決戦。あらがえない状況下で山川は、背番号55の背中に自分自身を重ねたのだろう。

 「大谷はね、次元じゃないから置いておきます。打てない時ってね、本当に打てないんですよ。でも、どうにかしなきゃいけない。アイツ元気出して、一生懸命やって。最後打ったでしょ。宗みたいな選手になりたいなって、後輩ですけど、カッコよかったですよ」

 ただ、見ていただけじゃない。人知れずバットを替え、準々決勝からは打席前のルーティンを変えた。練習前は誰より早くグラウンドに出て、ストレッチやランニングで体をほぐす。1カ月間、変わることなかった姿勢。変えたこと、変えなかったこと。感情の浮き沈み激しい試合後の対応もそうだ。プロ選手としてマスコミを通じ、ファンに自分の今を伝える責務を貫いた。

 「4番・一塁」。ポジションが確約された西武では、味わえなかった経験の連続が収穫だった。世界一、最高峰の舞台。そんな日々は、不思議と原点回帰の時間だった。「少年野球の頃からずっと言われてきた。声を出せ、元気を出せって。本当に苦しいことなんですけど、やっぱりアレって大事なんですよね」。貫けたからこそ、胸を張って言える。ボール1個、バット1本の真剣勝負。野球に国境はないとも知った。

 「最後に野球を純粋に楽しむスタイルを、海外の選手から学ぶことができた。勝ち負けも大事ですけど純粋に、体を目いっぱいに使って野球を楽しむっていうのは、海外の選手がすごかったです。そんな中で僕らは最高のチームにできた…いや、なれたと思います」

 いつだって光に影があるように、30人にはそれぞれの物語がある。今大会7試合のうち、3試合の出場で5打数1安打、2打点。打率・200が山川の成績。だが、それ以上の経験の収穫、輝きと価値がある。数字に残る記録と、心に焼き付けた記憶。全てを背負ってまた、グラウンドに立つ。その背中が野球少年、少女に伝えるメッセージだ。みんな、「野球、やろうぜ」-。

関連ニュース

編集者のオススメ記事

WBC最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング(野球)

    話題の写真ランキング

    写真

    デイリーおすすめアイテム

    リアルタイムランキング

    注目トピックス