【66】鳴尾のかみなり 天の御利益と科学の力で万全の落雷対策
「日本高野連理事・田名部和裕 高校野球半世『記』」
阪神甲子園球場がある西宮市で地域情報誌「宮っ子」が隔月発行されている。今年の新年号に西宮の民話で「鳴尾のかみなり」が紹介されていた。
「昔、鳴尾の八幡神社の境内で遊んでいた子供たちが、突如夕立にあい、耳とおなかを押さえながら走って帰った。するとピカッ、グラワンと大きな音を立ててかみなりさんがお宮の前に落ちて手足をバタバタさせていた。そこへ神主さんがやってきてかみなりさんの首をつかみ『雲の上に放りあげてやりたいが、またいたずらをするだろう。しばらくここに入っておれ』と井戸の中へ投げ込み、ふたをしてしまった。
やがてかわいそうに思った神主さんが夜中に『どうだ、鳴尾の村ではもういたずらをしないか』とかみなりさんに約束をさせて出してやったという」
この民話を読んで早速鳴尾八幡神社に行ってみた。阪神甲子園駅から線路沿いに東へ10分ほどにある。室町時代の初期に建てられたと言い伝えがあり、およそ600年になる。鳥居から参道まではうっそうとした森で、樹齢600年といわれる黒松もあった。
高校野球の全国大会期間中にまだ落雷の記録はない。球場に問い合わせたところ、夜中に一度あったようだとのこと。
鳴尾神社の神主さんのお陰かなぁと思ったりした。
野外で競技を行う野球にとって落雷は非常に危険だ。阪神甲子園球場はもちろん避雷針の設備はあるが、満員の観客を避難誘導するにはそれなりの時間が必要だ。
高校野球では1983年の第65回選手権大会から民間の天気情報会社と契約、局地予報の情報提供を導入している。当時の費用は1大会50万円ほどで、年配の役員からは「天気情報に多額のお金を払うなんて」と苦情を言われた。しかし、この頃天気情報を見誤って、中止を決めた後、晴天になったり、強行したら泥田の中での試合になったこともあり、当時の牧野直隆会長はシステム導入を即断してくれた。
さらに91年からは「LPATS」という落雷情報端末のシステムも導入した。わが国最初の導入は九州電力、2番目はゴルフトーナメント「ラークカップ」、高校野球は3番目の導入だった。
落雷には警報はない。ピンポイントでの予測が難しいからという。
導入した落雷情報は、パソコンの画面に甲子園球場を起点に20キロと40キロの仮想円を描き、40キロ圏内に近づいてきたら落雷対策の準備を始める。
落雷地点がドットで表示され、10分ごとに色が変わる。だから今雷雲はどっちに向かっているかを確認することができる。
ドットにカーソルを当てると甲子園からの直線距離が表示される。雷は、発生後30キロくらいはあらぬ方向に落ちるという。だから40キロからは要注意だ。
ここ数年は異常気象が心配されている。現在日本列島は北海道を除いて梅雨に入っているが、梅雨明けともなればいよいよ各地で高校野球の予選が始まる。
都道府県連盟でも日本高校野球連盟が提示した「落雷事故防止対策」(09年4月)によって、事前に天気情報を入手し、観客に「雷雲接近情報」を流して注意を呼び掛け、20キロ以内になれば試合の中断を遅滞なく決定するなどとしている。
問題は加盟校の普段の練習や試合で、AMラジオでガリガリという雑音で雷の発生を知るなど工夫はできる。雷鳴だけで雷の接近を判断するのは危険だ。
鳴尾八幡神社の御利益は全国には行き渡らないからしっかりした対策が必要だ。