オリックスを救って! 中嶋監督代行

オリックス・西村監督がシーズン途中で辞任、中嶋2軍監督が監督代行を務めることになった。プロ実働29年を誇る“最後の阪急戦士”。最下位に沈むチームを浮上させられるか。

公開日:2020.9.15

1986年、阪急ブレーブスにドラフト3位で指名され入団

阪急入団発表 後列右から本西厚博、竹本修、江頭真二、島袋修、藤井康雄、中嶋聡、前列右から山越吉洋、岡田球団社長、上田利治監督、高木晃次=1986(昭和61)年12月22日

秋田の鷹巣農林高校(現在は秋田北鷹)からドラフト3位で阪急入団した。プロ2年目には74試合に出場。オリックスに所属が変わったプロ3年目にレギュラーをつかんだ。

星野伸之のスローカーブを素手で捕球

西武打線につかまり、4点を失った星野伸之(右)としかめっ面をする中嶋聡(左)=1990(平成2)年4月26日、西宮球場
ダイエーオリックス12 無四球完封で4勝目を挙げ中嶋聡(右)に祝福されるオリックス・星野伸之=1993(平成5)年6月30日、福岡ドーム

1990年9月20日、日本ハムとの試合で、星野伸之のすっぽ抜けたスローカーブが外角に外れると、中嶋は右手を伸ばして素手で捕球した。星野は70㌔台のスローカーブと120㌔台の速球による緩急の差を武器に通算176勝を挙げた投手。さすがに素手で捕球されると、あ然とした表情を浮かべていた。

オリックス─ダイエー1 投手交代でマウンドに集まる左からオリックス・中嶋聡、土井正三監督、松永浩美、佐藤義則=1991(平成3)年4月7日、グリーンスタジアム神戸

 山田久志、佐藤義則、今井雄太郎、長谷川滋利など名投手のボールを受けてきた。1995年4月21日のロッテ戦で野田浩司が日本新となる1試合19奪三振を記録した試合でもマスクをかぶっている。

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