日本生まれの金星根監督が実質的解任 彼の指導方法とは…

 5月23日、韓国・ハンファ・イーグルスの金星根(キム・ソングン)監督が退任するというリリースが、同球団からあった。発表では辞任だが、実質的には解任と見られている。

 金星根前監督は、韓国球界でも最もカリスマ性に富んだ野球人と評される人物だ。WBCなどの国際大会では日本でも金寅植(キム・インシク)監督が知られているが、金星根氏はそれをも勝る強烈なリーダーシップを持つ、特に指導の徹底さ、厳しさは人後に落ちない指導者だった。

 かつてはオフのトレーニングで、上半身裸の選手たちに雪の山道を走らせた話など、エピソードは枚挙にいとまがない。近年でもキャンプでの練習時間の長さは、日本の球界関係者でも有名だ。早朝のアーリーワークに始まり、球場での昼、夕食をはさんでの夜間練習まで10時間以上になることも当たり前。練習休み日でも夜間練習が入れば、実質、休みはなくなる。そんな毎日が1カ月半、2カ月と続く。関係者は「世界一長いキャンプ」と、ぼやきとも嘆きともつかない言葉を漏らした。

 それほどまでに選手を追い込む。理由は明快だった。「実力の伴わない者は、練習するしかない」。

 昨年の春季キャンプ。ハンファが沖縄・東風平で練習していたこともあり、日本メディアの知人記者と見学に行こうと考えた。事情でグラウンドに着くのは夜の7時になる。それでも向かったのは、間違いなく夜間練習をしていると思ったからだ。案の定、暗闇の中に照明の灯(あか)りが見え始め、到着するとケージふたつでフリー打撃をする光景があった。居残り特打だった。

 しかし先に目に入ったのは、打っている選手ではなく、黒いはずが雪のように白く染まっている内野のグラウンドだった。フリー打撃のボールが回収されず散っていたのだ。それが内野を真っ白にするほど埋め尽くしていた。日本のキャンプしか知らない知人記者は、言葉を失った。

 グラウンドに降り、あいさつを済ませると、監督はぼそりと言った。

 「今日は若いふたりだけ」

 だからこの夜は軽い方なのだと言った。それでも始めて1時間は経つという。昼間には練習と試合を行い、その後の夜間の特打で1時間バットを振り続ける。追い込むのはわからないでもないが、つぶれてしまっては意味がないのではないか。遠巻きにそう尋ねると、監督はこう言い切った。

 「これでつぶれる子やったら、そこまでの選手。だったら早いこと野球辞めて、第二の人生探した方が本人のためとは思わんか?」

 監督はこともなげに言った。愛情の裏返し、なのだろうか。

 「そうやろ?違うか?」

 いずれにせよ念を押すようにそう続けるのは、彼の口グセであり、同時に疑うことのない、彼の信念だからだ。

 公式戦でも特に中継ぎ投手などの起用には偏りが指摘され、メディアには「酷使」と断じられることもしばしばだった。

 それでも、SKワイバーンズ時代のように“底力”のある選手たちなら、耐え、勝ってきた。ある選手はこう言っていたのを思い出す。

 「地獄ような練習量を耐えてきた自分たちが、その半分もしていない他チームに負けるのは悔しくて堪(たま)らない」と。ゆがんだモチベーションにも思えたが、それでもチームのベクトルは勝利に向かった。2007年から2連覇は、監督と選手の意地がつかんだ栄冠にも思えた。当時、その指導力はビジネス界でも注目され、野球人としては異例ともいえる、経済界での講演も多数求められた。いつの間にか「野球の神」を意味する「野神」という異名もついた。

 そんな彼の風評は、当然、日本球界にも知れ渡っていた。日本生まれで日本語も普通に操れることもあり、日本球界でも人脈は多岐にわたり、かつては千葉ロッテに2年間、コーチとしてユニホームを着ていたこともあった。数年前は、パ・リーグの某チームの監督候補にも挙がった。

 しかし、彼の手法はどんなチームにも通用するというわけではない。底力のない選手は、どれだけ追い込んでも、実力以上の力は発揮しない。一時発揮しても、持続はしない。低迷するハンファ・イーグルスを担った15年は6位、昨季は7位。そして今季は9位まで落ちた。

 結果が伴わなければ、強権には一気に反動が及ぶ。彼が日本出身であると言うことも、彼の地の野球界では微妙な影響を与えていた。バントをすれば「日本的野球はつまらない」という紋切り型の批判も生むお国柄だ。日本球界との個人的な太い人脈も、快く思わない者達にはやっかみしか与えない。野球界は、いずこの国でも小さな村社会にすぎない。

 だからこそ彼は、絶対的な力で相手チームを、他者を制しようとした。監督の領域だけでなくGM的な全権を求め、行使したのは言うまでもない。それもまた、結果が出なければ、すべて自身に降りかかる。

 彼は7チームで監督をしているが、そのすべてが解任という結末を迎えている。そのすさまじさを象徴しているように思える。

 74歳になる彼が、再び、監督としてグラウンドに戻ってくることがあるのかどうか。それはわからない。(スポーツライター・木村公一)

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