「引退式」こそ地方大会の魅力
現在、全国各地で熱戦が繰り広げられている高校野球地方大会。今年は第100回というプレッシャーからなのか、甲子園常連校やシード校が早々に敗退するケースが多く見られ、改めて夏を勝ち抜く難しさを教えてもらっている。
一発勝負の最後の夏、負けた3年生は引退となるわけだが、地方大会の魅力の一つに負けたチームが球場外で行う引退式がある。監督からのラストミーティング、選手から保護者に向けてのあいさつ、3年生から1、2年生に向けての言葉。そこには高校野球の魅力が凝縮されているのだ。
「オグ、ナベ使ってやれなくてすまん」
佐藤薬品スタジアムで行われた橿原-奈良高専の試合後、奈良高専・西前竜一監督のラストミーティングでの言葉だ。
「“思い出代打”はやらないって試合前には言ったけど…オグ、ナベ…」
それまで気丈にお話しされていた監督の言葉が詰まり、右腕で両目を抑えた。そして監督の涙を見た部員たちもせきを切ったように泣き始める。
オグこと小倉将和選手は、高校まで野球経験がなく、入部当初に内野の送球を見た時には本当にやっていけるのか?と心配になったのだと。しかし、本人のたゆまぬ努力があったのだろう。練習試合で外野手の頭を越えるヒットを放ったバッティングが、監督は忘れられないと語っていた。そして、ナベこと渡辺徹也選手は周りを和ませる事ができるムードメーカー。監督も頼りにしていたのだという。
試合は七回表に橿原に1点を追加され、8ー1となってしまう。裏の攻撃で1点でも取ればコールド負けはしのげる。監督の脳裏には、3年生で出番のない2人の顔がよぎるが、この日3安打の2番・扇谷選手から始まる好打順。そして、期待に応えて、扇谷選手が4安打目のセンター前ヒットで出塁し、クリーンアップを迎えた。
普通に考えてここで代打はない。結局、打線はつながらず5番の村田選手がサードフライでゲームセット。練習試合では1勝1敗、この日も安打数では橿原を上回っていた。コールドゲームになるような対戦カードではないはず。しかしながら、野球というのは分からない。
この結果に、西前監督は「負けたのは全て俺の責任。お前たちは本当によくやってくれた。3年生には本当に申し訳ない言い方にはなるが、この負けをしっかりと次のチームの糧にしたい。だから3年生はグラウンドに顔出してくれ。そして、もしまだ同じようなことをやってたら俺を叱ってくれ」と。
その後も、3年生部員一人一人に自分との思い出と、その部員へのこれからの人生へのアドバイスが続き、最後は保護者へ。
「始発で来いと言って練習したこともありました。お父さん、お母さんには僕の勝手な発言でご迷惑おかけしたこともあったかもしれませんが、この学年への思いがありました。ありがとうございました」
仲間との絆、周りへの感謝、素直な心、きっと西前監督のもと、野球の技術以上に大切なことを学んだのだとミーティングから伝わってくる。僕にとって高校野球を改めて好きにさせてくれる大切な時間である。