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地獄、でもPL存続祈るOBマエケン

母校・PL学園野球部の存続を願う広島・前田
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 夏の甲子園大会が始まった8月上旬、PL学園が新チームを始動した。春夏7度の全国制覇を誇る全国屈指の伝統校。新入生部員の募集を停止するなど存続問題で揺れる。現在は一般入試で入学した、2年生の11人だけで練習を行っている。

 「なくなるのはすごくさみしいこと。まだどうなるか分かりませんが、素晴らしいOBの方がたくさんいる」

 存続危機に立つ母校野球部について、広島のエース前田健太投手は、特別な思いを明かす。来年度も部員募集がなければ、来夏の大会以降は休部状態となる。自身は1年夏と、3年春に甲子園出場。3年間を振り返れば「99%つらい思い出。楽しい思い出は1%くらい」と言う。甲子園出場は当たり前。全国でいかに勝つかを求められている中、過ごす日々は想像を絶する。だが、振り返る表情は、どこか明るくもある。

 思い出をたどれば、話は尽きない。1年生の時は、授業が終われば2キロ離れた球場まで、制服姿で全力ダッシュ。5分…いや、1分でも時間が貴重で、ホームルームを早く終わらせるために、教室の時計を早めていたという。それも全クラス、等しく合わせる徹底ぶり。1年夏から、ベンチ入りしたスター選手といえど、下積み時代は平等で、厳しい。「野球も大事ですけど、変な知恵ばかり付きました。もう、生きるのに必死で」。朝5時にセットされた目覚ましは、秒針の音で鳴る前に気づいたという。

 当然、練習も過酷。「特に冬の合宿は地獄」だった。朝5時から練習で、終わるのは夜11時。ランニングは1日に25キロ。ただ走るだけじゃない。100メートル、400メートル、3200メートル。常に、タイム設定がある。設定タイムをオーバーすれば、本数には加算されなかった。「遅いヤツがいたら、背中を押しながら走っていました」。勝たなければならない重圧を、日本一と言われた練習量で拭い去ってきた。常勝PL-。こうして「伝統」は脈々と受け継がれてきた。

 入部当初16人だった同級生は、12人で最後の夏を迎えた。卒業から9年。仲間と過ごした3年間は、プロに入ったいまでも色あせない。「大切な仲間です。食事に行くと一番心が落ち着くし、刺激し合える存在です」。

 今夏も広島新庄など、7県で初出場校が甲子園の切符をつかんだ。「伝統校」、「名門校」という言葉は、時代の流れと共に薄れつつある。それでも現在、早実(西東京)や、鳥羽(京都)=旧京都二中=など、第1回出場校が甲子園で躍進をした。何十年と積み重ねた軌跡の先に、人々の心を振るわせる“なにか”があるようだ。

 「僕はOBの方たちを誇りに思うし、助けられてきたこことが、たくさんあります。なくなればこれ以上、OBは出てこない。野球部が続いてほしいと、強く思う。僕がそうだったように、PLに憧れた子供たちもたくさんいると思う。できれば、続いていってほしいと思いますね」

 高校野球ファン、いや、野球を知る全国の人々に、強烈なインパクトを残す伝統校は今、存続問題に揺れている。前田は言葉に力を込め、訴えた。PL復活を、全国のOB、野球ファンが待っている。(デイリースポーツ・田中政行)

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