NPB通算113 犠牲フライ数最多の打者は?【プロ野球記録企画】
デイリースポーツの記録担当がプロ野球のさまざまな記録をひもとく新企画「記録の向こう側」(随時掲載)がスタート。今回は200勝以上して負け数の方が多い唯一の投手を取り上げる。
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Q…通算犠飛数最多の打者は?
A…野村克也113
「夜に咲く月見草」を自認する野村に、ふさわしい称号といえるかもしれない。アウトひとつと引き換えに、三塁から走者を迎え入れるのが犠牲フライだ。
本塁打数で868本の王貞治に逆転を許し、657本塁打はNPB2位だ。安打数は2901で、張本勲の3085に次ぎこちらも2位。拍手や歓声では本塁打や安打に譲っても、犠飛という渋い部門でトップを守り抜いた。
その職人技が引退の引き金になるのだから、世の中は皮肉なものだ。
南海からロッテを経て、前年から在籍した、西武時代の出来事だ。80年9月28日・阪急戦。野村は第1試合に8番・捕手として先発出場した。西武が1点を追う八回裏、1死満塁で打席が回ってきた。
ここまで3打数ノーヒット。とはいえ、名人芸である犠飛を打ち上げる自信満々に、打席へと向かった。マウンドには、高卒2年目でまだ19歳の関口朋幸。まるで息子のような年の差だ。
近藤唯之の著書「引退 そのドラマ」で、野村はこう語っている。
「外野フライを打ちあげる技術は、12球団で一番だと自信を持っていました。腕力を抜いて、ぽんとバットにボールを当てるのがコツなんです」
ところが、球界一を自認するフライ職人の背中から、根本陸夫監督の信じられない声が飛んできた。
「野村君、代わろう」
鈴木葉留彦を代打に出され、野村は呆然とベンチへと下がった。鈴木は併殺に倒れ、西武は好機を逸した。
「西武なんて負けてしまえ」
そう思った野村の心に、もはや戦う気力は残っていなかった。オフに引退を申し出て、現役生活に幕を下ろしたのだった。
