ロマチェンコ敗れ2戦目世界奪取ならず
「WBO世界フェザー級タイトルマッチ」(1日、サンアントニオ)
ボクシングのWBO世界フェザー級タイトルマッチが1日(日本時間2日)、米国テキサス州サンアントニオのアラモドームで開催され、世界最短の2戦目で世界王座獲得を狙った挑戦者で同級5位のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)は1-2の判定で、前王者のオルランド・サリド(メキシコ)に敗れ、タイトル獲得はならなかった。
試合前日の2月28日に行われた公式計量で初防衛戦に臨むサリドが2ポンド4分の1(約1キロ)体重をオーバー。再計量を放棄して王座をはく奪された。ロマチェンコはフェザー級リミットの126ポンド(57・1キロ)内の125ポンド4分の1(56・8キロ)でクリアしたため、試合はロマチェンコの勝利なら新王者、サリドの勝利なら王座は空位という条件で行われた。サリドには1万5000ドル(約153万円)の罰金が科せられた。
サウスポーのロマチェンコはフットワークを使いながらスピード差を生かそうとするが、プロ56戦目の歴戦の猛者・サリドの頭から入ってくるラフなアタックに苦戦。クリンチで止める場面が増え、自慢のテクニックを封じられた。最終12回には左ボディーを効かせてサリドをダウン寸前に追い詰めたが、逃げ切れられた。スコアは116-112、115-113で2人がサリド。1人が115-113でロマチェンコだった。
26歳のロマチェンコは2008年北京五輪フェザー級、12年ロンドン五輪ライト級で金メダルを獲得。世界選手権でも09年ミラノ大会、11年バクー大会を制すなどアマチュア戦績396戦1敗。アマ最強の称号を得て、13年にプロ転向。同年10月、米国ラスベガスのトーマス・アンド・マック・センターでのデビュー戦では、WBO世界フェザー級7位のホセ・ラミレス(メキシコ)に4回KO勝ちして世界ランク入り。2戦目での世界挑戦資格を得た。
これまでの主要4団体での世界王座最短奪取記録はセンサク・ムアンスリン(タイ)の3戦目。ムエタイのスーパースターから国際式に転向したセンサクは75年7月にバンコクでペリコ・フェルナンデス(スペイン)に8回KO勝ちしてWBC世界スーパーライト級王座を獲得した。
日本では11年2月に7戦目でWBC世界ミニマム級王座を獲得した井岡一翔(井岡)が最短。JBC公認下では、米倉健志(日興)、大橋秀行(ヨネクラ)、小島英次(金沢)、八重樫東(大橋)、井岡の5人が7戦目で世界挑戦しているが、このうち王座奪取に成功したのは井岡ただ1人。4月6日に大田区総合体育館で、東洋太平洋ライトフライ級王者・井上尚弥(大橋)がこれを上回る6戦目で、WBC世界ライトフライ級王者・アドリアン・エルナンデス(メキシコ)に挑戦することが決まっている。
また、過去には56年メルボリン五輪ヘビー級金メダリストであるピート・ラデマッハー(米国)がプロ転向初戦で、当時の世界ヘビー級王者のフロイド・パターソン(米国)に挑戦した例がある。ラデマッハーは6回KO負けで王座奪取に失敗。プロでは世界王者になることができなかった。



