【スポーツ】記憶に残るボクサー最暴愚

 間違いなく記憶に残るプロボクサーだった。元日本フライ級5位・最暴愚畷谷(さいぼうぐ・なわてだに、六島)=本名・畷谷知也=が志半ばで今年、現役を引退した。手術をした左足かかとの故障が悪化し、ドクターストップとなった。

 テレビでも取り上げられた珍リングネームの宝庫、六島ジムにあって、ジャンボおだ信長本屋ペタジーニに並ぶ異色の存在だった。

 身体の数カ所にメスを入れ、下半身の包皮を除去する手術も受けた疑惑から「サイボーグ」と命名。(ちなみにジャンボ-は下半身の一部分が巨大で元巨人のペタジーニばりに年の差のある彼女と付き合っていたため)

 兵庫県豊岡市出身。19歳時、「ボクシングで有名になる」との一念で大阪に出て六島ジムに入門した。だが元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎にあこがれた男はすぐに「辰吉丈一郎にはなれない」と、才能の差を感じてしまった。

 リングで生き残るために選んだのが「売名行為」だった。デビュー戦はパンチパーマで登場。「僕みたいに何の特徴もない選手は変なことしないと」と、包○手術の件も積極的にネタにした。

 故郷の家族からは勘当同然だった。「教育ママというか、頭を丸刈りにするだけでも恥ずかしい、と。それがパンチパーマですからね。妹も年頃だったので。最暴愚の由来とかはね…」と、音信不通となった。

 パフォーマンスに必死になる一方で練習は誰より真剣だった。14年11月、世界王座挑戦経験もある戎岡淳一(明石)を判定で下し、25歳にしてランカー入り。コツコツと積み上げ、ランクも上昇。日本タイトル挑戦は視界に入ってきていた。

 昨年、「普通のことをやっていたらダメだ」とリングにすべてをかけるため、仕事を一切辞めた。食べるために魚を釣って、自給自足する生活も行った。

 「ベストファイト」がラストマッチになった。昨年8月、世界戦経験もある帝里(ている)木下(千里馬神戸)に挑んだ。顔の3倍はある、元WBA世界ライトフライ級王者の具志堅用高氏ばりの巨大アフロヘアで一世一大の勝負。カンムリワシを揺らし接近戦でパンチを見舞い続けた。格上を追い詰めたが、あと一歩及ばず、判定1-2の惜敗。世界ランカー入りの夢が散った。

 体は無敵のサイボーグではなかった。試合前から左足かかとは限界に達していた。練習から痛み止めを服用。薬の切れた試合後は痛みのあまり、歩くこともできなかった。

 病院で診察を受けると、骨が細かく割れて靱帯に接触。「手術しても治らない」と非情通告された。「体はズタボロ、でも心は燃え尽きていない」と、無念の思いを残し、グローブを吊(つる)した。

 アフロヘアのまま、ハローワークに行くと、受付で出直しを命じられた。髪も短く切り、就職活動を行い、今はプログラマーの仕事を始めた。

 17日、六島ジムの興行には同僚の応援に訪れた。「毎日コツコツ練習してきたのは生きるかな。プログラマーは最新の技術を常に勉強するものだから。親孝行もこれからしていきたい」と、平穏な表情を浮かべた。

 一方で「何も感じないと思っていたけど、気持ちが高ぶって、やばかった。できないから辞めたけど心はやり尽くしてない」と、悔しさはやはりこみ上げた。同僚らには「個性を出してほしい」と、思いを託した。

 スポットライトを浴びるのは一握り。輝くスターの陰で無数のボクサーの物語がある。タイトルもなく、戦績9勝(4KO)3敗2分け。「ほんの、かすり傷くらいは刻んだかな」。平凡でも必死に注目されようと戦い抜いた最暴愚。立派なプロだった。(デイリースポーツ・荒木 司)

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