夏の地方大会で輝きを放つ“遅球派”

 スピードにはロマンがある。アマチュア野球の投手を紹介する際には「最速○○キロ右腕」などという表現を用いることは多い。この夏の高校野球地方大会を取材する中で、これまでとは真逆の意味で、投手のスピードについて考えさせられる機会が続けてあった。

 最初は、千葉・一宮商の鈴木太輔(たいすけ)投手(3年)。前評判で名前が挙がることもなかった背番号10の投手だが、2回戦で春夏甲子園出場7度を誇る強豪のCシード、市船橋に1失点で完投勝利した。お目当ての試合ではなかったのだが、そのピッチングに目を奪われた。

 160センチ、54キロの小柄なサイド左腕。一見は何の変哲もないボールを、テンポ良く投げ込んでいた。今にして思えば、それこそが打者にとっての“罠”だったのかもしれない。

 球速は120キロにも満たない。しかし、とにかくコントロールと度胸がいい。四球は出すものの、甘いゾーンへの失投が少なく、内外角、低めの際どいコースを、直球とカーブなどで突いていた。微妙にボールも動かしていたようで、打者は力むと内野ゴロ、泳がされると打ち上げてアウト、という術中にはまっていた。

 試合後の取材で印象に残ったのは、鈴木の「スピードは才能だけど、コントロールは努力で身につけられる」という言葉だ。冬場はポール間走50本、重いタイヤを押すトレーニングで下半身を鍛えたという。3回戦でも流通経大柏に3失点完投し、強豪を連破。5回戦で敗れたものの、力は十分に証明した。

 西東京大会では、駒大高の右腕・庄司有輝投手(3年)。名門・日大三との5回戦で救援登板すると、推定70キロ前後の山なりのスローボールを連発した。

 昨夏の甲子園で話題となった東海大四・西嶋(現JR北海道)ほどの遅さ、放物線の高さはない。驚いたのは、投げた頻度と制球力。37球中33球がスローボール。ファウルもあったので正確ではないが、2球連続見逃しストライクをとるなど、約半分はストライクゾーンに来ていた。

 庄司は組み合わせ抽選会後、新井塁監督に「遅いボールを覚えろ」と言われ、1日最大300球の投げ込みなどを行い、約1週間でマスター。当落線上だった、最後の夏のベンチ入りメンバーに滑り込んだ。スローボールは、全国屈指の強力打線である日大三戦用の“秘策”だった。

 庄司は三回の登板直後のピンチを脱出。四回もヒットを許さなかった。五回にボール球が増えると捉えられて5失点で降板したが「普通に戦って通用する相手じゃない。負けて悔しいけど、三高の打者をスローボールで抑えられたりできたのはよかった」と、一定の満足感を漂わせた。

 新井監督は「今の時代は遅いボールを打つ方が難しい。選手にもそう言っている。あのボールで詰まるんですから」と話す。確かに、目が慣れるまでのひと回り程度なら、全国レベルの打線でも打ち損じ、戸惑った。さらに精度を高めれば、十分に勝負球になり得るだろう。

 ピッチングマシンの普及が進み、150キロ近い速球を打ち返せる高校生も珍しくなくなった。投手の基本は、やはり制球と緩急や駆け引き。体格的にも恵まれない投手が、打てそうで打てない遅いボールで強打者を手玉に取る。剛腕とはまた違った魅力を持つ“遅球使い”の活躍も楽しみにしている。(デイリースポーツ・藤田昌央)

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