沖縄勢センバツ期待 4年ぶり2校出場
春はセンバツから‐。そんな言葉が定着して久しいが、ここ数年、躍進めざましい沖縄県では、他地域が寒さに震えるこの季節も、日によっては本土の夏を思わせるような気候の中、高校球児たちが白球を追っている。
今年は沖縄尚学と、美里工業の2校が出場する。県勢として選抜に2校を送り込むのは、嘉手納と興南が出場した2010年に続き、4年ぶり、2度目の快挙となる。
そしてその年、興南は春夏連覇の偉業を成し遂げてもいる。
ボクシングやゴルフなどでは、国内はもちろん、世界を相手に渡り合うアスリートを多数、輩出してきた沖縄県。
ただ、高校野球においては先述の通り、気候に恵まれているにもかかわらず、全国で活躍できない時期が続いていた。
春の初優勝は1999年の沖縄尚学、夏は先に挙げた2010年の興南が初めてとなる。
“日本とは思えないような恵まれた気候”というのは、裏返せば距離的なハンディがつきまとう。進んだ野球を間近で見たり、強豪校同士が練習試合などで切磋琢磨(せっさたくま)したり、といったことが、特に現在ほど交通機関の発達していない時代においては非常に難しかった。
加えて戦後に関して言えば、長年、米軍の占領下にあったことで、往来にもパスポートが必要だったりと距離的ハンディは増幅され、気持ちの上でも本土と沖縄は互いに『遠いもの』という認識が通常であった。
しかし沖縄の本土復帰(1972年)からほどなくして、70年代終盤の日本ハム、80年に入って広島と、プロ野球のキャンプが来はじめ、いまや10球団が沖縄に集結する。目の前で、最高の技術に触れる機会が増えたという部分では、他地域を完全に逆転した。交通や情報のやりとりにおいても、格段の進歩を遂げている。
浦添商で夏の大会ベスト4入りし、今回、美里工を初出場に導いた神谷嘉宗監督は、そうしたプロを見る機会や情報、交通網の整備に加え「野球で遅れをとっていた県として、技術もそうですが、道具すら事欠く時期が長かった」と振り返る。
徐々にではあるが、本土と県との経済格差が狭まり、ふんだんにボールを使えるという、他地域では当たり前の状況に、沖縄の高校も追い着いてきたということだ。
もちろん沖縄の視点に立てば、本土への対抗意識があるのは当然だろう。「生徒は関係ないけど、政治や歴史を振り返っても、少しでも明るい話題を、と思う県民が多いのは事実です」と同監督。
非常に高い高校野球熱を背景に、甲子園での選手たちのはつらつとしたプレーが、実体を持って県民を勇気づける構図。本土では失われつつある高校野球の側面が、よい季候と新たな環境を得た沖縄にはしっかりと根付いている。
沖縄尚学と、美里工の奮闘に期待したい。
(デイリースポーツ・西下 純)
