「健さんから来た特別な手紙」

 俳優の高倉健さんが2013年度の文化勲章を受章した。発表に際して代表取材によって伝えられたコメントが健さんらしく、文字に奥行きがあった。

 「今後もこの国に生まれて良かったと思える人物像を演じられるよう、人生を愛する心、感動する心を養い続けたいと思います」

 こんな一文にも、健さんの魂が焼き付いているように感じられた。

 健さんは、やはり特別だ。ただ一度、手紙を通じてのやり取りが私にそう思わせるようになった。

 私が健さんに当てて一通の手紙を出したのは10年前、2003年のことである。デイリースポーツはその年が創刊55周年に当たり、記念日の8月1日付の新聞で特集ページを作ることが決まった。

 スポーツ界と芸能界からそれぞれ1人ずつ祝辞を頂戴することになり、スポーツ界では巨人からヤンキースに移籍したばかりの松井秀喜さんにお願いして快諾をいただいた。さて、芸能界では誰がいいか-。

 当時、東京デイリーの編集局局次長を務めていた私は、やはりトップの人にお願いしたいと、高倉健さんの名前を挙げた。編集局内では「あの人はそういうお付き合いはしない人だから」と最初から避ける声も聞かれたが、頼んでみなければ分からないだろうと、私は編集局長名で手紙を書いた。誠意を伝えようと、汚い字ながら手書きにした。

 なぜ私が健さんにこだわったかというと、その数年前、健さんが「鉄道員」でブルーリボン賞の主演男優賞を受賞した際のことが頭にあったからだ。

 東京映画記者会が主宰するこの賞は、あらかじめ幹事社が受賞者に代表インタビューする。その年はデイリースポーツが幹事社だった。

 俳優の取材など日常事である映画担当記者が、健さんの取材に出掛ける前には、心臓の鼓動が聞こえそうなほど緊張し、興奮していた。「だって、あの健さんですよ」と。

 祝辞をお願いする手紙で、私はそのことを書いた。

 「スポーツ紙にとって、スポーツ紙の記者にとって高倉さんはそのような存在です。ですから誰よりも高倉さんにご祝辞をいただけることが弊紙にとって何よりもの名誉と考え、お願い申し上げます」

 そんな意味のことを書いた。しばらくして健さんの所属事務所から編集局長宛、封書が届いた。中を開けると健さんの祝辞をワープロ打ちした文書があり、最後に直筆署名が添えられていた。

 文中、こんなくだりがあった。俳優にとってのブルーリボン賞の重みを語ってから-。

 「特に印象に残っているのは『鉄道員』の試写会の後、宣伝部がブルーリボン賞担当記者の方々とお目にかかる機会を作ってくれた時のことです。

 どんな質問をされるかと緊張していたのに、そこにあったのは気まずいほどの不思議な沈黙でした。

 でも自分は、あの空気の中に何故かもっといたいと思いました。

 それはきっと、記者の方々のキラキラとしたまなざしが温かい励ましと感じられたからだと思います。

 『しっかりしなくちゃいけない』『よし、一生懸命またやるぞ』という勇気をいただいた気がしました。

 真のジャーナリストは、どんな分野でも、一生懸命戦う人に勇気を与えられる職業ではないでしょうか」

 ただの祝辞ではない。会社ではなく人を、記者を励まそうとする健さんの真心が、そこにはあった。

 すぐ事務所にお礼の電話を入れた。すると事務所の方がこうおっしゃった。

 「ふだんはお断りするんですが、ちょうど高倉が事務所に来合わせて、ご依頼の手紙を読みましてね。で、読み終わるとすぐ書いたんです」

 胸が熱くなった。その時から、直接お目にかかったことのない健さんが、私にとっては特別な人となった。

 余談ではあるが、直筆のサインが入ったその手紙は、当時の編集局長が「私宛で来たんだから、もらっておく」と持ち帰ってしまった。こんなことなら私の名前で出しておくのだった。

 最後に、文化勲章受章についての健さんのコメント全文を掲載する。

  ◇  ◇  

【映画俳優として58年、205本の映画に出演させていただきました。

 大学卒業後、生きるために出会った職業でしたが、俳優養成所では「他の人の邪魔になるから見学していてください」と言われる落ちこぼれでした。それでも「辛抱ばい」という母からの言葉を胸に、国内外の多くの監督から刺激を受け、それぞれの役の人物の生きざまを通して社会を知り世界を見ました。

 映画は国境を越え言葉を越えて、“生きる悲しみ”を希望や勇気に変えることができる力を秘めていることを知りました。

 今後も、この国に生まれて良かったと思える人物像を演じられるよう、人生を愛する心、感動する心を養い続けたいと思います。

 映画俳優・高倉健を支えてくださった多くの方々に、深謝申し上げます。どうもありがとうございました】

(デイリースポーツ・岡本清)

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