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モンタナの聖者、クレスニック(上)

2014年11月17日

 1人で、ひょっこりと、大洋へ売り込みに来たのだ。日本人と違って彼らは自分を高く売れる場所があると知ると、外国だろうがどこだろうが売り込みに行く。

 昔、米国では「7度会社を変わるくらいでないとダメだ」と言われた。会社への忠誠心と永年勤続がサラリーマンの勲章だった日本人なら、「7度も会社を変える男は信用できない」となる。

 だが、米国では能力のある人間への評価であり、「それほど他の会社に目をつけられて引き抜かれた男」という意味を持つ。

 手にバットと大きなバッグを下げて羽田空港に降り立ったクレスは案内係へ行き、「きょう、大洋ホエールズというチームはどこで試合をやるか教えてくれ」とたずねた。

 係の人は新聞を見て、「夜、後楽園球場(まだドームはできていない)で試合をする予定だ」と教えた。

 クレスはタクシーを拾い、試合開始1時間前、後楽園球場の三塁側ベンチへ現れた。

 球団関係者が応対に出ると、ポケットから封筒を取り出して、「読んでくれ」と言う。表には、『大洋ホエールズ三原監督様』とあり、裏にミルウォーキーにある日本領事館の人と思われる名前が書いてあった。

 手紙の内容は…「彼はマイケル・クレスニックという男で、ミルウォーキー・ブレーブスの選手だったが、エド・マシューズという名三塁手のためにほとんどマイナー暮らしとなった。しかし、自分は使ってもらえばまだまだ働ける。話によると日本ではアメリカ人の選手を欲しがっているそうだから行ってみたい、と言っている」

 ざっと、こんな意味だった。大洋の三原監督宛の手紙となったのは、ビザを取りに行った日本の領事館の方に事情を聞き、たまたまその人が三原監督のことを知っていたので、親切にも紹介状まで書いたのだ。

 年齢は32歳。(実は35歳で、3つサバを読んでいたことが後でわかったが)いまなら、経歴から性格まで調べるが、当時は、“元大リーガー”だけで、充分に魅力があった。

 三原さんは決断の早い人だったから、「とにかく明日、大阪遠征に連れて行く、話はそれからだ」と言った。あっさりテストを承知したのだ。

 クレスは感激し大阪遠征に同行した。芦屋にある神戸銀行グラウンドで打たせた。ダウン気味のスピードのあるスイングで、外野に高々と張られたネットを越えて、海中に消えた打球が何本もあり、「よし、獲ろう」となった。

 クレスは確かに大リーグのミルウォーキー・ブレーブスへ2度昇格していた。4試合出場して・333の打率を残したが、あとはマイナー暮らしだった。競争相手がスター級の三塁手だった。これではムリもない。マイナーでも常に有望株と見られていた。「チャンスさえあれば」。この思いが来日した最大の理由だったのだろう。

 私はマイク・クレスニックという名前を聞き、イタリアやメキシコでもなさそうだし、どこからアメリカに来たのかと思った。

 あるとき、「君の家族はどこからアメリカにやって来たのか」と尋ねた。彼は、よくぞきいてくれた、という顔でこう答えた。

 「私はユーゴスラビア人で、先祖はキリストの12人の使徒の1人だと子供のころの父から聞かされている」

 私は一瞬ギョッとしたが、本人はマジメな顔で言うのだ。12人の中に、ユーゴスラビア人がいたのか。

 いったい、ユーゴスラビア人とはどういう民族なのか。辞書で調べた。「6世紀から7世紀にかけていまの土地に南スラブ族がやって来て定着し、その後、セルビア人、クロアチア人、スロベニア人に分かれた。宗教はギリシャ正教、ローマカトリック教、イスラム教が主である」

 「12人の使徒の1人が先祖」ということから、キリスト教徒であろう。(事実、そうだったが)「たしかに、父親がそう言ったのか」「イエス、はっきりと覚えている」

 ウソを言っている顔ではなかった。

 「もしかすると、おまえは聖ヨハネの子孫かもしれないわけだ」と、笑いながら言ったところ、「それはわからない。しかし、そうかもしれない」と、大マジメな顔で答えるではないか。

 ヨハネの子孫が日本のプロ野球にやって来た?、確かに他の外国人選手とはどこか違う。私は内心笑いを抑えながら、彼にますます興味を覚えてきた。(デイリースポーツMLB解説委員・牛込惟浩)

  ◇  ◇

 牛込惟浩(うしごめ・ただひろ)1936年5月26日生まれ、78歳。東京都出身。早稲田大学を経て64年、大洋ホエールズに入団。渉外担当としてボイヤー、シピン、ポンセ、ローズなど日本球界で大活躍した助っ人たちを次々と獲得し、その確かな眼力でメジャー球界から「タッド」の愛称で親しまれた。2000年に横浜ベイスターズを退団。現在はデイリースポーツMLB解説委員。

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