出演者がブレイク!三浦監督の先見の明

 私事ながらフリーの映画記者となって20年が過ぎた。この仕事に携わって何が楽しいかというと、新たな才能が羽ばたいていく瞬間に立ち会える事にある。現在、東京・テアトル新宿で大ヒット中の映画『愛の渦』(三浦大輔監督)の撮影現場では、今年期待の新鋭・門脇麦(21)の成長をつぶさに見守ることが出来た。東京ガスのCMで、俳優竹野内豊との共演で話題の華麗なバレエダンサーを演じている、あの子である。

 撮影が行われたのは、約1年前の2013年1月。門脇はまだ数本の作品に出演したのみで、大役は初めて。おまけに内容は、乱交パーティーに参加した男女の、一夜の人間ドラマを描いたものだ。門脇演じる「女1」は“性欲の強い女子大生”で濡れ場もある。

 正直言えば、20歳そこそこのおぼこい少女に、作品のためとはいえ大衆の前で裸体をさらすことを強要するなんて、芸能界って罪深いと思う気持ちもあった。奇しくも撮影期間中に成人式があり、本来なら門脇も友人たちと着飾って式典に参加していたはずだ。それが、都内のスタジオに閉じこもり、タオル一枚を巻いた姿で過ごすこと約2週間。だが門脇は、性欲を満たすために大の大人が右往左往する三浦監督の脚本に惚れ込み、自らオーディションに参加して役を射止めただけの事はある。過激なベッドシーンも、早朝から深夜まで続いた過酷な撮影も、実に気丈に乗り切った。

 しかし、撮影終了間際にインタビューした時の事だ。筆者が「共演者皆が麦ちゃんの事を温かく支えてくれたような現場だったね」と何気なく問いかけた瞬間、門脇は「うっ…」と嗚咽(おえつ)を漏らすと下を向いてしまった。いろんな感情を押し殺して、耐えていたのだ。聞けば、「女1」に選ばれて以降、緊張からかずっとお腹も痛かったのだという。それは現場で弱音を吐くことを一度もしなかった門脇が、初めて見せた素の姿だった。

 実際に門脇は、日々、目の前の課題をこなすのが精一杯だったようで、発情してニート役の池松壮亮を襲う場面では全力投球してしまい、知らぬ間に顔や膝にアザを作ってしまったこともあった。そんな門脇を、そっと見守っていたのが共演者たちだ。濡れ場の相手である池松は撮影直前、「僕に任せて」と門脇のマネジャーに力強く宣言。保母役の中村映里子は、前述した格闘シーンで奮闘した門脇の肩を揉(も)んで労(ねぎら)い、OL役の三津谷葉子は、仮眠をとる門脇にそっと毛布をかけてあげることもあった。

 門脇は「昨日何を撮影したのか覚えてなくて…」と漏らすほど余裕がなかったようだが、それだけに周囲のちょっとした心遣いが身にしみたのだろう。

 芸能界は“生き馬の目を抜く世界”と、よく言われるが、真摯に作品に向かう人には、多くの人が手を差し伸べるのである。

 事実、三浦監督は本作後に演出を手掛けた舞台「ストリッパー物語」(つかこうへい作)で再び門脇を起用した。ストリッパーのヒモとなっているリリー・フランキーの娘役で、バレエ留学を控えて父親に会いに来るのだ。男女の憎愛を描いたドロドロした世界に、ピュアという言葉を全身にまとったかのような門脇が登場した瞬間の清々しさと言ったら!

 さらにセーラー服姿で見事なバレエを披露し、一瞬にして彼女に心を奪われてしまった観客も多かったようだ。それが、東京ガスのCM出演にも繋がったようである。

 そして映画公開直前には、笑福亭鶴瓶と即興芝居を繰り広げるバラエティ番組「スジナシ」(TBS系)に出演し、ここでも魅せてくれた。芝居は、公園で怪しげなオッサンにナンパされる旅行会社社員という設定でスタートしたが、後半に門脇が攻めて、鶴瓶を翻弄するという魔性ぶりを見せていた。実に逞しく成長しているようで、筆者もうれしい。

 それにしても門脇をはじめ、池松、そして滝藤賢一と『愛の渦』出演者が続々、ブレイクしている。改めて、三浦監督の先見の明に唸りまくりの日々である。(中山治美)

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