【大場久美子 3】貧乏よ、苦しゅうない近うよれ

 まぁー貧乏でしたわ。ちゃぶ台の上に、ごはんと具のないみそ汁。小学校あがるまでは、そんな生活でした。父の仕事が、勤めるとこ勤めるとこ喧嘩(けんか)で定まらず、転々としていましたからね。寝る所に屋根がついていたのはラッキーでしたが。

 時代劇の長屋風の物置を借りて住んでいたことも。

 両親と兄と私の4人、木の戸を横にずらすと目の前に畳み三畳ほど。大人2人子ども2人川の字に寝るスペースがなく私はよく父のおなかの上で寝ていました。朝目が覚めると父がツンツク伸びたひげを私の顔にこすりつけてきて「いたい、いたい」とケラケラ笑う私を見て喜んでいました。母も、いつも私たちの前では笑顔でいてくれたので、貧乏に不安はなかったかな。

 白菜のお漬けものがある時は、ごはんをやわらかい葉の部分にくるんで、口の中に入れてくれた母「ちゅっちゅだよ」って。ごはんを白菜の漬けもので巻いたものを「ちゅっちゅ」って…どんな意味だったのだろう。

 私のおやつは、兄が学校給食のパンを1枚とマーガリンを毎日持ち帰ってくれて、パンの耳は兄がおやつに、真ん中のパンにマーガリン1個をのせて手でコロンコロンこねてマーガリン入りパンボールを作ってくれました。兄貴、手を洗わないでコロコロするから…出来上がったパンボールは茶色(笑)。

 寒い冬はストーブもなかったから、部屋の中で母がコートを着て、おなかとおなかをくっつけてコートで私をくるんでくれました。 近所の子がお誕生会に呼んでくれたことがあって、持って行くプレゼントがないと兄に言うと、広告の紙のようなもので鶴を折ってくれました。お誕生会には行ったんですけどね、みんながリボンのついたプレゼントを渡しているのを見て、ポッケから折り鶴を出すことはできませんでした。その時初めて、貧乏って寂しいんだなぁと、子ども心ながら思いましたよ。でもね、今思い出すのは、パパのおなかで寝たことや、ママに抱きしめてもらったあたたかな思い出しか浮かんでこない。ちゅっちゅおいしかったなぁ。

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