高橋6位…エースのバトン羽生に託した

 「ソチ五輪・フィギュアスケート男子・FS」(14日、アイスベルク・パレス)

 2010年バンクーバー大会銅でSP4位の高橋大輔(27)=関大大学院=は6位で合計250・67点の6位となり、3大会連続の入賞を決めた。最後と決めた五輪で無念さをにじませつつも、笑顔でリンクを後にした。

 すべての人への感謝を込めた滑りだった。万全ではない右膝を考慮し、4回転ジャンプを2本から1本にし、すべてを懸けて臨んだ冒頭。回転不足となり、最後の五輪でのメダルは万事休した。それでも、どんな状況でも諦めなかった男の演技だからこそ、人々の心を打った。

 フリー曲「ビートルズ・メドレー」とともに流れるようなステップ、万感のスピンを終えると、ホッとしたような笑みが浮かんだ。「これが自分の実力。終わったことは取り戻せない。でも精一杯、最後まで諦めずにやりました」

 リンクの中が自分の居場所だった。子供のころはいじめられっ子。4人兄弟の末っ子で、甘えん坊の少年は学校の帰りはいつもカバンを持たされ、泣いて帰ってきた。それがスケートに出合い、競技に出るようになってからは変わった。氷の上で培った自信が、みるみる少年をたくましくした。

 そこから長年男子フィギュア界を引っ張ってきた男には、夢があった。女子の競技として見られがちのフィギュア。「同じ結果を残したとしても、真央ちゃんとかの方が扱いが大きい。そういう時はくそ~って思っていた」。いつかは…。

 今やフィギュア会場は女子よりも男子の方が熱を帯びる。高橋がけん引してきた男子は、今や世界トップレベルの選手を多数そろえるまでになった。そして、羽生結弦という五輪王者も誕生した。「これからは彼が日本を背負っていく。引っ張っていってもらいたい」と、新エースを称えた。どこか自らの役目を託すように‐。

 右膝の状態もあり、3月の世界選手権(埼玉)出場は流動的。今季終了後に進退の最終決断を下すが、これが競技者として最後の演技になる可能性もある。「何があっても最後」と決めて臨んだ五輪だった。悔いがないといえば、うそになる。それでも高橋は「気持ちとしてはやりきりました」と、晴れ晴れと笑った。

 2月14日。これは8歳の時、高橋が初めてスケートリンクで滑った日でもあった。まるで運命に導かれるように立った19年後の銀盤。スケートを愛し、スケートに愛されてきた男は夢舞台での戦いを終えた。

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