ありがたい言葉
【11月25日】
名将の訃報から一夜明け、氏の教え子に連絡してみた。長年近くで取材した高校野球担当の同業者も多いけれど、3年間グラウンドで師事した男の生々しい感情を聞きたくなって、携帯を鳴らした。
朝日新聞スポーツ部記者の井上翔太。正二塁手として03年夏の甲子園を制した常総学院の日本一メンバーである。井上は虎番時代を共にした記者仲間で、今もオンラインで時々連絡を取る。決勝の東北戦で3打数1安打1四球。ダルビッシュ有からセンター前へはじき返した背番号4。熱心な高校野球ファンなら、彼を知っているかも。もちろん、木内幸男(きうち・ゆきお)その人の逸話もこれまでよく聞かせてもらった。
「『木内マジック』はメディアがつくり出した造語ですし、教え子としてはピンとこないのが正直なところですね…」
そう語っていた井上は「でもね…」と続けるのだ。
「『木内マジック』という単語によって相手チームが『何してくるんだろ…』って迷ってくれたらこっちのものなので、ありがたい言葉でもありましたよ」
木内チルドレンのホンネを聞けば、なるほどおもしろい。新聞の見出しで例のワードが躍れば、しめしめ。03年夏のVメンバーはそう感じていたという。
戦前から優位に立つ。
立ち合いで敵陣がビビる。
「木内マジック」その言葉こそが魔法だったのか。
「ダルビッシュは絶対に日本一の投手になる。ダルビッシュを打って勝ったら、将来、子供に自慢できるぞ」
これは身内への魔法?暗示?名将にそんなハッパをかけられた常総ナインは当時17歳の怪物に12安打を浴びせ、井上も〈子供に自慢できる資格〉を得たわけだ。
かつて井上にこんな質問を投げかけたことがある。なんで木内さんは甲子園で勝てたん??すると教え子は答えた。
「相手が嫌がることと、自分たちが得意なことを組み合わせて、常総のペースで試合運びをしてきたから…ですかね」
常総の場合、まず「監督の顔」で相手は嫌がったわけだけど、ひるがえって、プロ野球はどうか。 19年も20年も、阪神、いや他のセ球団も「原辰徳の顔」を嫌がった。何をやるか分からない。「嫌だな…」感を植え付け、拡散されれば原の思うつぼだったような気がする。だからこそ、そんな巨人軍をこれでもかと嫌がらせるホークスの野球って何なんだ…。
果たして21年の矢野阪神は敵軍から嫌がられる集団になるだろうか。矢野が目論む、相手の嫌がる野球を徹底できるだろうか。
そういえば、あの常総対東北の試合後、ダルビッシュは人目をはばからず涙し、こう語っていた。
「誰にもかすらせんような球を投げられるようになりたい」
あれから17年。34歳になったダルビッシュは世界最高峰の舞台でめっぽう嫌がられる右腕になり、日本人初となるメジャー最多勝に輝いた…。=敬称略=