お前の存在は王、長嶋…
【8月31日】
きょうも鳥谷敬の話を書く。読者の関心が今そこにあると想像するので、きのうに続いて書かせてもらう。番記者の原稿にある通りこの日、鳥谷は報道陣の前で自らの気持ちについて正直に話した。
「ファンの皆さんに、『今シーズンでタイガースのユニホームは脱ぐ』ということを伝えたいなというのが1番の思いです」
試合前の練習を終えたタイミングで、球団広報立ち会いのもと、約5分間、口を開いた。
行間に挟まった鳥谷の感情を読み解けば、今回の構想外の通達、引退勧告は、彼が納得できるものではなかったのだろう。
「キミは来季の構想から外れている」。ある日、そんな旨を告げられる。いや、俺はまだできる。そう信じて疑わない選手にとっては、その通達がどんな言い方だろうと納得はしない。だって、少なくとも来年はまだ「勝負できる」と思っているのだから。
では、鳥谷の場合、具体的に、どんなポジションで勝負できると感じているのか。
これだけの功労者だから、やはり配慮は要る。それは球団も承知のうえだと思うけれど、デリケートな問題だけに、今回の「通達」のやり方は気になっている。
7年前を振り返れば、「金本知憲の引退」は美しかったと思う。
当時、右肩に重傷を抱えていた鉄人は「代打」が主戦場になっていた。でも、金本はまだ「来年は勝負できる」と感じていた。
12年のシーズン終盤のことだ。
当時阪神球団社長の南信男から呼ばれた金本は「ついにきたか」と、覚悟して社長室のドアをノックした。
その場で南から「もう、ユニホームを脱げよ」とは言われなかった。南から告げられた言葉は…。
「よく考えてほしい。金本という選手はタイガースの歴史において特別な存在なんや。お前の存在というのは、巨人でいえば、王、長嶋。4番を外れ、スタメンも外れ、毎試合ベンチスタートで出番を待つ…そんな王、長嶋の姿、ファンは見たいと思うか?来年も代打として全うしたいというなら、戦力として考える。でもな、王さんが4番を打てなくなって、2年も3年もベンチ待機するか、という話や。あとはお前に任せるよ」
そのやりとりから1週間後、金本は再び社長室をノックし、南の前で引退の決断を告げたのだ。
金本は今だに言う。
「俺は南さんに感謝してるよ。考える時間ももらったし、全く嫌な気持ちにさせられなかった」
一流の引き際は難しい。
引導を渡す側がアプローチを誤れば、着地が泥々になってしまうことがある。阪神が暗黒期と呼ばれた時代は、そんな拙さは珍しくなかった。今は違うと信じる。
数年後、鳥谷は19年の夏を振り返り、こう言うだろうか。
「球団には感謝してるし、嫌な気持ちにさせられなかった」-。
進退がはっきりしたら本人にそのあたりを聞いてみたい。
僕は鳥谷敬が「引退」の道を選ぶとは思わないが…。=敬称略=