12台のカメラへ向かう準備
【5月17日】
MBSアナウンサーの馬野雅行がプレーボール3時間前に左翼スタンドの最上段にのぼった。御年53歳の大ベテランが濃紺のスーツ姿で、ヨイショ、ヨイショ…。いったい、何をしてるんだろう。
「きょうは中継カメラが12台設置してあるんだけど、試合前に各ポジションのカメラマンと話をするんだよ。実況する日は必ず…。このポジションからどんな絵が撮れるのか。レフト最上段のカメラは19時前に六甲山に沈む夕陽を撮れる。カメラの位置まで行かないと分からないこともあるんでね」
馬野に確かめれば、そんな理由があったようで…。何でも聞いてみないと分からないものだ。
解説に新井貴浩を迎えたMBSのテレビ中継〈阪神-広島〉は馬野の名調子でテンポ良く進んだ。
19時半を待たずに後半〈六回〉へ突入したこの夜。阪神・西勇輝と広島・床田寛樹の投げ合いが演出した前半戦の好テンポである。
放送席へ向かう馬野の〈準備〉を書きながら、マウンドへ向かう西の〈準備〉を思い出した。
今春2月の沖縄キャンプ。阪神は矢野燿大流の改革に着手したのだが、その一つに出発時間のフレックス制があった。宿舎から宜野座へ向かうバスを3便に分割、第1便=午前7時50分発、第2便=8時40分発、第3便=9時10分発という具合に、自主性を重んじるチーム方針によって選手は自分の好きな出発時間を選べたのだ。
僕の取材の限り、FA戦士の西は1カ月間、第1便に乗り続けていた。本人にとってそれがルーティンなのかもしれないが、オッサン記者は正直、ビックリした。
FA戦士といえば、自主性というよりも、調整は「一任」「ご自由に」という空気が、どこの球団にも少なからずある。それがどうだ。若手に混じり、朝イチ便で2月を完走。本人はそれを仰々しく語らず、涼しい顔で「これが僕のやり方」とばかり、新天地の開幕へぬかりない準備を進めていた。
〈準備〉について、新井貴浩が語っていた。西が西川龍馬にセンター前へ先制打を浴びた四回、近本光司の本塁返球が一塁側へそれたプレーについて。詳細は番記者の記事に委ねるが、カープの前守備走塁コーチ河田雄祐(現ヤクルトコーチ)は「バックホームは、どうせそらすなら、ランナーが走ってくる方向へそらしなさい」と野手に徹底させていたそうだ。新井らカープの優勝メンバーは、河田から「常日頃からそういう意識が大事」「準備が大事」だと口酸っぱく教わっていたという。
送球(返球)のクオリティーを高める〈近本の準備〉を取材できていない僕は〈準備不足〉だからあれこれ書く資格はないが、彼が新人ながらこの経験を糧にできる非凡な学習能力を備える選手であることは取材済みである。
野手が好守する度、マウンドから大きなジェスチャーで拍手を送る西に心打たれる野手は多い…と聞く。野手は〈準備を怠らない投手〉を見ているし、投手は〈準備に余念の無い野手〉を見ている。そこに絆が生まれる。=敬称略=