歯磨きのような…

 【8月15日】

 四回で9点差がついた。9点差といえば…いや、年に何度も奇跡が起こったら、それは奇跡とは呼ばない。京セラドームの記者席から戦況を見ていると、序盤で大きく点差が開いても、カープナインの表情に浮ついたものを感じなかった。何なんだろう。この憎らしいほど落ち着き払った勢いは…。

 プレーボールの2時間半前、三塁ベンチにお邪魔した。カープが全体のウオーミングアップを始めた頃、お目当ての選手が見当たらない…。まあどのチームもそんなことはよくある。故障を抱える選手は別として、アップで姿を見せない場合、野手なら個別で打撃練習に励んでいることが多いのだ。

 この球場の場合、ベンチ裏にそのスペースがある。メディアは立ち入り禁止なので中は窺(うかが)い知れないけれど、耳を澄まさずとも打球音は聞こえてくる。

 「あ、あれ?いつものやつですよ。彼のルーティンですから…」

 しばらくして、そのスペースから出てきたカープ打撃コーチの東出輝裕が教えてくれた。「彼」とは広島不動の4番、鈴木誠也である。「特打」は他球団でも特にビジターではよく目につく光景。コーチが選手を指名して行う、特訓の類だ。若手や不振の選手がグラウンドでの全体練習とは別にバットを振りこんだり…。そうか…と思って、東出に確かめてみた。

 あなたの指名なんだ?

 旧知の東出だから、笑って僕の取材不足を許してくれた。けれど“今さら、何を聞いてるんですか…”と、言いたげでもあった。

 「いえいえ、僕らコーチからは全く指示していませんよ。誠也が『きょう○○やります』『きょうは△△をやります』と言って、自分で課題を持ってやっています」

 ホーム球場のときも?

 「ホームもビジターも全部(試合)です。彼にとっては朝起きて歯を磨くようなもんなんでしょ」

 独走気配…いや、それでも2位の阪神を気にしないわけがない。主砲に重責がのしかかる8月半ばのマッチアップ。表向きに冷静を装っていても、きっと鈴木だって気負いもあるだろう。そのあたりを探りに行ったのだが、東出は僕の問い掛けに首を横に振った。

 「今年、ウチの選手は気にしていない感じがします。確かに去年は(2位)巨人とのゲーム差を気にしていた雰囲気がありました。でも、今は一戦一戦、目の前の相手しか見ていない。自分のことをやるだけ、慌てても仕方ない、という思いがあるんでしょうね…」

 終わってみれば、鈴木が小野泰己の初球を仕留めた三回の二塁打が、新人にとってトドメだったように思う。大差のついた天王山。いやカープの選手は天王山とは思っていないのか…。東出は言う。

 「普通なら追ってくる阪神を気にするじゃないですか。でも、選手の感じ方を聞いていたら『きょうの相手を叩くだけでしょ』みたいな。いい意味でウチの選手はヤンチャ。特に1番から5番は…」 1~5番で10安打8打点…。再びMが灯った夜、叩かれた虎の傷は浅いとは言えない。=敬称略=

編集者のオススメ記事

吉田風取材ノート最新ニュース

もっとみる

    スコア速報

    主要ニュース

    ランキング(タイガース)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス