引きずればいいんだ

 【4月21日】

 長年の付き合いで察しがつくことだってある。この日朝、金本知憲は柔らかい面持ちで名古屋駅に姿を見せた。午前10時過ぎ。報道陣に軽口をたたきながら新幹線で東京へ向かったが、その胸中は穏やかではなかったと思う。

 金本は現役時代、話していた。

 「自分が打てなくて負けた。自分がミスして勝てなかった。そんなとき、よく『切り替えていこう』と言ったりするけれど、そんなに簡単に切り替えられるものじゃない。俺は次の日の朝、悔しさを引きずったまま球場へ行く。絶対にやり返すんだという気持ちを持って、グラウンドに立つんよ」

 監督になってからこの言葉を聞いたことはない。「やるのは選手」。これが口癖だから「選手が悔しがらなければいけない」と思っている。でも、おそらく金本は選手以上に悔しさを引きずるタイプの指揮官だと思う。前カード、最下位中日に2つも取りこぼした。甲子園で広島に勝ち越した16日、「きょうの試合はすごくポイントになる試合だと思っていた」と語った。序盤の勝負どころを制し、意気揚々と乗り込んだ名古屋で連敗…。性格上、笑顔で朝を迎えるなんてできるはずがないのだ。

 昨季、金本は3度も胃潰瘍を患った。自力で何ともならないものを内に押しこめると心身にひずみはくる。チーム内に難事が巡れば責任を持って決断するが、その任務はときに非情を伴う。連敗を止めたこの夜の巨人戦。金本は名古屋の悔しさを引きずりながら、ひとつ決断していたことがある。

 三回の攻撃終了時だった。ベンチで内野守備走塁コーチの久慈照嘉から進言を受け、うなずいた。

 「五回の守りから、大和に代えましょう」

 「分かった」

 前夜ナゴヤドームで決勝点を献上した上本博紀の拙守を金本は「消極的」とコメントした。上本本人が一番悔しい思いをしている。それを知るがゆえに一晩処方を悩んだ。僕はこの日、巨人戦の先発オーダーに注目していた。上本は責任感の塊のような男。だからこそ、リフレッシュの意味でベンチスタートさせる…そう推測していた。でも、先発起用した。

 そして金本は決断通り、背番号00を早々とベンチへ下げた。二回、橋本到の二ゴロをさばいた上本の一塁送球が大きく捕手側へそれた。3打席凡打の内容もしかり…。真相は本人のみぞ知るが、前夜を引きずっているように映った。

 「チームのためでもあるし、勝つためでもあるし、上本のためでもあるし…」。公式会見の後、金本は東京ドームの通路を宿舎へ向かいながら、僕にそう言った。

 サバイバルが最も熾烈だった二塁のレギュラーを開幕前に決断した。粘りのある打力、悔しさを引きずる性根を見込んだから…。金本が教えてくれたことがある。「ウエポンは物静かに見えるけど、内面の負けん気は凄いぞ」。その反骨心、その反発力を信じたい。金本はきょうも二塁の先発オーダーに「上本博紀」と書き込む。=敬称略=

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